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(98)自身が変われば、世の中少しずつ変わります。

 二十四節気では、
明日、12月7日に大雪を迎えます。
七十二候では、
大雪の初候の閉塞成冬(天地の気が塞がって冬となる)から、
次候の熊蟄穴(熊が冬眠のために穴に隠れる)の候です。

 新型インフルエンザ感染者の死亡及びその疑いも含めると、
死者が、国内で百人を超えました。
感染の拡大を何としてでも食い止めなければいけません。
これから寒い冬が到来しますが、
健康にはくれぐれも気をつけ、ご自愛ください。

●そして、世の中が少しずつ変わります。
 さぬき路は、はや師走となり、残すところ今年もあとわずかです。
朝夕は、次第に冷え込んできて、これからは木枯らしも吹きます。
それにしても冬空の星は、ほんとうにきれいにくっきりと輝いています。
多忙な仕事で帰宅が遅くなっても、この澄み切った夜空に輝く星を見るだけで、
幸せ感じます。生きているのだなと思うことも多いです。
いや正確には、恵まれた自然に、そして多くの人たちに支えられ、
生かせてくれているんだなと痛感しています。
星を美しいと素直に感じることができる、これこそ幸せで、
しかし、同時に、この同じ地球上で、飲み水にも事欠く人が大勢います。
十分な予防対策が講じられていなくエイズで早くに命を落とす人々、
医療制度の遅れで、本来なら治る病気も、十分な治療が受けられず、
亡くなっていく方たち、そして部族間紛争、覇権争いなどの内戦で
逃げ惑う人々。
平和の大切さ、日本人はもっと意識しなければいけません。
空気のごとく考えていれば、いつかは大きなしっぺ返し。
当たり前の存在、空気でさえ、対策を講じていかないと、
大変な事態になりかねません。
既に21世紀は、「水」問題が世界的な大きな課題となってきています。
自分から何か行動を起こさないと世の中、変わりません。
出来るところから、実践していきませんか!

 「お庭の国宝」栗林公園の樹木も、少しずつ冬支度を始めています。
街は「MERRY CHRISTMAS!」で段々飾られてきています。
世界広しと言えども、日本ほど四季折々の素晴らしい季節の恵みを
享受している国はありません。
しかし、最近は、自然からの恵みを受けるだけで、自然を畏怖し、
自然に生かされていることをすっかり忘れてしまっているような
人間のおごりが随所に見られます。自然に生かされている、
この基本を間違うとたいへんなことになります。
「生かされている」・・・だからこそ、粗末にしてはならないし、
社会貢献など恩返しもしなければいけないと思います。
行動あるのみであり、行動によって変わるのが意識改革。
意識改革は、結果であって、手段ではないこと、
ここを勘違いしている方が多いので、世の中、
自分自身がなかなか変われないと思います。
まずは、行動すること、それが一番。そして継続、これが肝要。
そうするとその積み上げによって、個人が変わります。
そして、世の中が少しずつ変わります。

●畢竟の庭園「栗林公園」と恐るべき日本文化
 栗林公園は、茶庭、いわゆる「露地」の世界が広がります。
おもてなしの心で際限なく満たされた一歩一景、
まさに日本を代表する回遊式大名庭園です。
 栗林公園の起源は、今からおよそ370年前、
当時の生駒4代藩主高俊公の時代に、最強の外様大名、
築城の名人などと言われた藤堂高虎公(娘が3代藩主生駒正俊公の正室で
高俊公の母親、伊勢津藩初代藩主)の家臣である天才土木技術者
西嶋八兵衛が、当時紫雲山の東麓側にも流れていた香東川を現在の流れに
一本化した折に、その後湧き出た伏流水を利用して築庭したという説が
最有力です。その後、南庭はガウディも驚くほど百年余の歳月をかけて
完成され、江戸末期まで全国に比類なき名園として存続しました。
 幕末の鳥羽伏見の戦いで、幕府側に立った高松藩は官軍に最初に鉄砲を
打ち込んで戦いを挑み、直後官軍の攻勢に屈して賊軍になったり、
1945年7月には高松空襲に巻き込まれたりするなど幾多の危機に
めぐり合うもなんとか乗り越え、なんと公園の地割(レイアウト)は
現在まで残るという奇跡まで存在します。
 生駒家は徳川家によって豊臣家の残党と見なされたのか、
生駒騒動で転封処分。その後1642年に、後水尾天皇が主宰する京都の
寛永文化サロンで徹底的に文化芸術などの高い教養を身につけた
高松藩初代藩主松平頼重公(水戸黄門(光圀)の実兄)が赴任してきます。
 頼重公は京都から、茶の湯、能、お庭焼き、保多織、小品盆栽など、
優れた文化芸術を持ち込みました。香川が、三千家のひとつである
武者小路千家発祥の地と言われ、現在まで茶の湯王国なのは、
頼重公や栗林公園(当時は、御林、栗林荘)に起因します。
 昨年5月、ミシュラン調査員のガイドをさせていただいた時もそうでしたが、
この公園は外国人と回ると異文化コミュニケーションが体感できて、
すこぶる楽しいです。もちろん冷や汗をかきながらではありますが、
緊張感はたまりません。つたない語学力でもそれを上回る熱き思いで
公園や背後にある日本文化の素晴らしさをなんとか伝えました。
結果、「わざわざ訪れる価値のある三ツ星日本庭園」に認定された時、
気持ちが通じたんだと、感動で震えた瞬間を今でもよく覚えています。
仙人になって永遠の命を得たいという道教の神仙蓬莱思想を
具現化したこのお庭には、至るところに陰陽石があります。
さらに、庭そのものが、四季に恵まれ八百万の神として崇拝する自然を
模したものですが、後期枯山水などを愛でていると哲学の境地に至り、
深い思索に観るものをいざなってくれます。
しばし園内を散策し、悠久のひとときをご堪能ください。

 まさに「真・行・草」ワールドであり、日本文化の宝庫でもあります。
ハイライトは掬月亭。上空から見ると権力をつかむ象徴である
北斗七星の形をした数寄屋建築の大茶屋では、建築界の大御所村野藤吾氏が
ほれぬき、氏の設計したなだ万山茶花荘(さざんかそう)や
帝国ホテル茶室などにその意匠を応用したという菱型格子の透かし床の間と
和紙貼り天井が、一際異彩を放っています。
 四季に恵まれた日本で、長い年月育まれてきた日本文化を、
肝心の我々が忘れかけていませんか。今まさに、日本人に
生まれてきたことへの誇りと感謝、そして世界に誇れる日本文化を
今こそ十分学び理解する時です。
 茶の湯、能、お庭などに代表される日本文化は、
実は伝統という長い年月の中で、ヨーロッパ文明のように保守的ではなく、
破格と創造の繰り返し、革新、アバンギャルド、常若(とこわか)、
そして、しっかりと権力と結びつき、あるいは権力を超えて
存在してきたことを忘れてはなりません。
 かつて時代の転換期には、夢窓疎石、世阿弥、利休などが登場し、
彼らの思想や行動が価値観を変え、世界を導いてきたのです。
誠、げに恐ろしきかな日本文化です。
 そのような日本文化に触れられるのが、私たちの宝もの、
香川県立「栗林公園」です。まさに今が時代の大きな転換期です。
一度改めて園内をゆっくり回ってください。
希望があればガイドさせていただきます。
そこは眼からうろこが落ちる目に見えない素晴らしき世界が広がっています。

●さぬき発 与一の矢 その4
~眼からうろこの落ちるさぬきの話 キラリと光る時代の一コマ~
「歴史に無関心なほどもったいないものはない」
(調査月報2009年10月号再掲)

1 はじめに
 日本一小さくて、日本一新しい県(1888年〈明治21年〉に、
現在の香川県誕生)、香川では、キラリと光る時代の一コマが
たくさんあります。今回は、そのあたり少しご紹介してみます。
 意外なことも多いかもしれません。ぜひともこれを機会に地元の歴史に
関心を持っていただければと思います。
歴史に無関心はもったいないですよ!
香川は、さぬきは、すごいです。

2 史上最大の祟りと言われています…
 白峯寺(正確には「しろみねじ」と読みます。)は、
四国遍路88箇所の81番札所で、真言宗の古刹ですが、
1156年に勃発した保元の乱で敗れた崇徳上皇のお墓があることは、
皆さん、ご存知ですね。白峯寺の歴史は古く、空海(弘法大師)の
創建と言われ、上皇が亡くなってから、その裏山に埋葬されました。
現在、白峯寺と、崇徳上皇の御廟所である頓証寺殿があります。
 崇徳上皇は、1119年、鳥羽天皇の第一子として生まれましたが、
実は、鳥羽天皇の后である璋子と鳥羽天皇の祖父であった
白河法皇の密通によって生まれた子と噂されていました。
その証拠に、鳥羽天皇は、崇徳上皇のことを「叔父子」と呼んでいました。
当時の白河法皇は、実権を持つ強大な存在であり、
鳥羽天皇は、従がわざるを得ませんでした。
 崇徳上皇が5歳の時に、崇徳上皇の祖父堀河上皇が逝去し、
鳥羽天皇が上皇になって、後の崇徳上皇が、天皇になりました。
一見平和に見えた天皇家も、1129年に白河法皇が逝去して、
鳥羽上皇が権力を手中に収めた途端に、状況は一変しました。
鳥羽上皇は、崇徳天皇とその母である璋子を無視して、
藤原家から得子(美福門院)を入内させ、子供をもうけました。
この子供を、3歳で天皇として即位させ、近衛天皇としました。
当然、崇徳天皇は、崇徳上皇となりましたが、
その心中は思うに察するものがあります。
 ところが、近衛天皇が17歳の時に、謎の死を遂げます。
これについては、様々な憶測が伝わり、暗殺説もあります。
朝廷が、鳥羽法皇派と崇徳上皇派に分かれていたのも事実です。
崇徳上皇としては自分が再び天皇になると思っていたようでしたが、
父の鳥羽法皇は、崇徳上皇の弟である雅仁親王を天皇としました。
雅仁親王こそ後の後白河天皇であり、
源頼朝が日本一の大天狗と称した人物です。
 事件は、強大な権力を依然持つこの鳥羽法皇が亡くなった
直後に起きました。これが1156年であり、保元の乱でした。
保元の乱は、崇徳上皇側には、左大臣藤原頼長、平忠正、源為義、
源為朝らがつき、後白河天皇側には、関白藤原忠通、平清盛、
源義朝らがつきました。
 結果は、後白河天皇側の平清盛、源義朝らの奇襲攻撃で、
わずか数時間で終わり、崇徳上皇は敗れて、
讃岐に流されることになりました。配流の途中に、直島に漂着して、
島民のやさしさ、素直さに感激して、「直島」という名がついたのは
有名な話として伝わっています。直島には、その縁で、
島の東南側に崇徳上皇神社もあります。
 崇徳上皇は、讃岐に配流されてから、
保元の乱で多くの血を流したことを悔やみ、自ら鎮魂の意味を込めて、
3年がかりで、大乗経全200巻を写経して、
朝廷の後白河天皇に届けさせたところ、側近の藤原信西入道に、
これは朝廷を覆す魔経本であると受け取りを拒まれ、
それに怒った崇徳上皇は、自らの舌を噛み切り、
その血で、この写本に、「日本一の大悪魔(大魔縁)となって、
末代まで呪う!」と書いて、海に投げ捨て、
その後、讃岐に配流されてから8年後の1164年に
46歳で逝去されました。
 世に祟りというのは数々あれど、貴族クラスとなると、
生前にこれほどの恨みを持って亡くなっ方は崇徳上皇以外にありません。
よく祟りで例に出される桓武天皇の弟の早良親王や
菅原道真のような人たちは、彼らを追い落とし勝った側の、
「後ろめたさ」や「負い目」などに由来する祟りであり、
生前に自らの意思によって祟ったこの崇徳上皇の祟りとは
完全に質を異にするのです。それゆえに、史上最大の祟りとも言われています。
 現に、既にお話ししました白峯寺の横にある頓証寺殿は、
崇徳上皇の死後、後白河法皇が病に倒れた時に、
その病の原因が崇徳上皇の祟りと思い、
そのために建立されたものだと言われています。
 多くの皆さんは、そんな祟りなどは迷信であると思われるでしょうが、
実は、明治天皇は、明治維新を迎えるにあたって、
実父孝明天皇の生前の言葉を思い出し、激動の時代を経て
ようやく出来上がった明治政府に祟りがあってはいけないということで、
京都に、新たに建立した白峯神社に、崇徳上皇の霊を招いて、
祭祀したのでした。
できれば機会を見つけて白峯寺や頓証寺殿にお参りください。
私もこのお話を執筆するにあたってお参りしてきました。
江戸時代の歴代高松藩主を始め、多くの方がお参りしてきましたが、
白峯寺にどういう方が埋葬され、
その方の思いを感じて供養しなければならないと思います。
そういえば、京都の天竜寺も、後醍醐天皇の怨霊を鎮めるために、
足利尊氏が、禅師夢窓疎石の強い提言を受け入れて建立したお寺です。
 白峯寺のある五色台は、陰陽道の聖地とも言われています。
そして、その聖地の中に崇徳上皇の御霊が眠っていることを
改めて思い出していただき、子供たちに伝えていく大切さを
忘れてはいけないと痛感しています。

●今、こんぴらが元気です!
 今年も、今月12月1日から、
来年の1月29日まで(年末年始はお休み)
こんぴら門前町の冬の風物詩であります「こんぴら温泉まつり」が、
開催されています。
 恒例の「外湯めぐり」、普段は宿泊しないと利用できない
ホテルや旅館の内湯に入れて楽しめるいい企画。
温泉好きには溜まりません。

 そして、今年は、特に、歌舞伎絵看板めぐりの楽しみが増えています。
お湯めぐり、お土産物などを買っての立ち寄り、
そしてこの絵看板めぐりとそれぞれにおいてあるスタンプのラリーもあって、
楽しみ倍増です。
賞品は、来春のこんぴら歌舞伎招待券やこんぴら温泉宿泊券などが
あたりますので、ぜひご参加ください。

 私からは、特に、この絵看板がお勧めです。
こんぴら歌舞伎上演時に、金丸座の玄関の上に飾られる肉筆画を
絵看板と言いますが、人気役者の姿や、歌舞伎の名場面を描き、
大きさ縦160センチ、横110センチととても大きく、迫力満点。
作者は、歌舞伎絵師の穂束(ほつか)とよ國さんです。
場所によっては、絵看板と並んで一緒に写真を写せますので、
ぜひご覧ください。
とよ國氏は京都南座をはじめとする関西の劇場の絵看板も描かれています。

 また、新たに「ガーリック侍」も出しましたので、
ぜひご賞味ください。
詳しくは、下記のURLまでアクセスしてください。

 ◎こんぴら心発見 HEART TO KONPIRA
   http://www.heart-to-konpira.com/

●情報発信
①四国を軽くしよう!2009年冬の陣、盛大に開催されました。
 四国の4大学の若者集団、四国青年NGO HOPE 事務局が、
昨日日曜日に実施しました、「四国を軽くしよう!2009年冬の陣」
正午の時報とともに、皆さん一斉に荷物を持って飛び上がりました。

 若者が地域に対する思いをいくらかでも実践するためにはと、
地域社会・住民とのパートナーシップ体制の構築を望んでいますが、
青年と地域住民が出会い、対話する機会は少なく、効果的なパートナー
シップ体制はあまり多くありません。

 今回のイベントは、地域社会における環境問題への意識の向上と、
同時に、青年と地域住民がパートナーシップ体制を構築するための
きっかけを提供することも目的として、今回実現させました。
私は、同時刻に急に仕事が入って、どうしても抜け出すことが出来ず、
残念ながら出席できませんでしたが、
ジャンプ直後、たいへん盛り上がったという
メールなどもいただいています。

 一瞬、たいした企画ではない、遊び感覚のものであると
眉をしかめられた方もいると聞いていますが、
若者が問題意識を持って、新しいことにチャレンジする姿勢は、
私たちが学生時代には、ほとんどなかったことで、
これだけでもすごいモチベーションだと思います。
うまく育ってくれればと思います。
まずは行動、これが出来ているからすごいですし、
今度は継続ですね。
 香川は、会場が、香川大学から、生駒親正公の銅像がある二番丁公園に
急遽変更になりましたが、四国の若者の皆さん、
お疲れ様でした。

 ○詳細は、下記のURLで。
   http://www.tekuteku-sanuki.jp/pickup/summit.html

②いよいよ冬の垂涎の味覚、タイラギ漁解禁!
 今年も12月1日、タイラギ漁が瀬戸内海で解禁されました。
子供の頃から、大好きなタイラギが食べられるということで、
11月頃から、腰が落ち着きません。
庵治では、鎌野漁港の塩田さんのところが、大人気です。
できれば、お電話してお出かけください。
12月1日から電話予約受付で、ガンガンかかってきているようです。
営業は、年明けの1月9日からで、潮の関係で、
10日営業して、5日お休みです。
詳しくは、お店に直接お伺いください。
連絡先が、お知りになりたい方は、ご連絡ください。
ともかく、冬の味覚の風物詩、タイラギ。おいしいです。
というか、海底20m~30mの真っ暗な中、
砂中に生息するタイラギを、採取棒に引っ掛けて海底の砂からだすという
命がけの漁です。
当然潜水病の対策も不可欠ですので、船の中でも、
また回復しなければ、家庭でも減圧室に入って調整しなければ
いけないという命をすり減らしての漁です。
それだけにおいしさも格別。
こういう危険な漁で取れていることを思い出しながら、
味わっていただければと思います。
県外でも、最近はその美味で引け手数多です。
どんどん召し上がっていただき、PRよろしくお願いします。

③全国初開催、第一回全国まちあるき観光サミットIN善通寺(再掲)
   いよいよ、12日日曜日に開催迫る・・・!
 地域の活性化は、まずはそこに住んでいる人たちが中心になって、
地域のよさを勉強して理解し、アピールするところから始まります。
ふるさとには、地域でがんばっている方々がたくさんおられます。
特に今回は、てくてくさぬきでもすっかり有名になりました、
別府、松江、三条、長崎、総社など、
全国でまちあるきに取り組んでいる人たちを中心に
事例発表をしていただき、
まちあるきから始まる地域づくりを積極的に論じていただこうと考えています。

 日時・・・12月12日(土)10時~17時30分 
           夜は、18時から交流会があります。
 場所・・・まちあるき観光サミットは、善通寺市民会館
      交流会は、市民会館前のおしゃべり広場
  このほか、ちょっと自慢できる地域のまるごと物産展、
 うまいもん大集合など、なかなかおもしろいもの大集合ですので、
ぜひご参加ください。

 ○詳細は、下記のURLで。
   http://www.tekuteku-sanuki.jp/pickup/summit.html


④青鬼くんの観光情報’(再掲)-
 イベント情報など、観光香川のとっておき情報
 てくてくさぬき秋 実施中です!

 「てくてくさぬき」の秋は、「さぬき文化祭」をテーマに
様々なプログラムを実施しています。
全98コース実施するまち歩きのほか、文化財遺産の特別公開や、
食文化企画、手業体験や瀬戸内海クルーズなども実施中です。
また、いよいよ秋祭りのシーズンが到来です!香川の秋を楽しんでください。

 ◇てくてくさぬき香川のまつり
   http://www.tekuteku-sanuki.jp/pickup/08.html

 ◇てくてくさぬきホームページ
   http://tekuteku-sanuki.jp/

 ◇てくてくさぬきパンフレット(秋)
   http://www.tekuteku-sanuki.jp/pamph/index.html
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