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(89)ちょっといい話

 二十四節気では、
9月23日の秋分を過ぎ、
七十二候では、
次候の蟄虫坏戸(虫が土中に掘った穴をふさぐ)の候から、
末候の水始涸(田畑の水を干し始める)の候です。

 クルム伊達公子さんが、13年ぶりに女子テニスツアー
コリアンオープンで優勝しました。通算8勝目。
1996年に世界4位というランカーで引退し、
世界の檜舞台に再チャレンジ。
39歳という史上2番目の高齢優勝で見事な復活。
心から拍手を送りたいです。

 イチローを始め世界の大舞台で活躍する日本人、
私たちが、日本と言う国を意識する瞬間。
これからも大いにがんばってほしいです。

 こちらスケールは大分小さくなるけど、
26日、27日と、高松での大道芸人の熱演見てきました。
サンポートのデックスガレリアと丸亀町壱番街ドーム下の2箇所で
5組の大道芸人が、大熱演。
 笑いと芸の素晴らしさは、
汗の飛び散りが真近かに見えるほどの場所でのパフォーマンス。
一昔前までの泥くささはなく、洗練された芸に対しては、
惜しみなく観客から拍手が送られていました。

 しゃれっ気たっぷり、シュールな女性「加納真実」、
コミカルで芸にも優れた2人組の「FUNNY BONES」、
女性1人で巧みに男女2人を同時に演じる「バーバラ村田」、
(彼女の演技には、切なさとおかしさが混じって心が動かされました)
その他中国雑技芸術団、ブラノワなど、
高松の通行人を釘付けにしていました。
 どの芸人さんも、200人以上の観客をそこに立ち止まらせて
最後まで魅せていました。
演技終わってからの投げ銭も、皆さんどんどん投げ入れていましたので、
ホクホク顔でした。
今後も、集客パフォーマンスとして、
ドンドン見せてほしいものです。
ほんとうに生の迫力、観客との掛け合いなど、
ストリートの魅力盛りだくさんでした。

讃岐三白 綿(棉ともかく)
 今まで、砂糖、塩と続きましたで、今回は、
讃岐三白最後の「」の話をさせていただきます。

 綿を衣類として使用したのは、
インダス文明、古代インカ帝国であり、
黄河文明では絹、エジプト文明では亜麻と言われています。
国内では、綿の栽培普及は室町時代から始まりました。

 香川では、1587年から讃岐を治めている生駒親正が、
朝鮮出兵から持ち帰ったようで、讃岐ではこの頃から、
綿栽培がら盛んになりました。
「小物成」(1642年、1643年)には、
高松藩には棉作地帯が多くあったと記録されています。
1695年(元禄8年)、丸亀藩において、
夜間の「綿打ち禁止令」が出されたようで、
深夜の騒音が相当やかましかった証左でもあります。
高松藩では、5代藩主頼恭が保護奨励しましたし、
特に、丸亀藩や支藩である多度津藩でも、大阪方面に出していたようです。
丸亀藩においては、幕末には藩による売買の専売制を強めています。

 江戸時代終りの天保期においては、
「丸亀繁盛記」で、
「国々へ積み出す雪綿は、大阪屋与吉郎が門前に山をなし、
夕陽に照らされては、比良の高根を争う景色」とまでも記述され、
盛んな綿の積み出し風景が眼に浮かびます。

 後、丸亀の商人(太田岩蔵・高貴清八)が、
かせ糸業独占を藩からもらって、事業を独占化し、
丸亀藩には運上金を収めるシステムになり、
丸亀藩は、城下にかせ糸小寄所(綿を糸に加工)を設置し、
保護奨励したようです。

 豊浜町でも、幕末には盛んになり、
川口(現豊浜港)からたくさんの綿が積み込まれて出港していました。

 明治の後半になって、紡績機の機械化が進みましたが、一方では、
海外産の方が、綿糸が長い、価格が安価、機械化に適しているなど、
原綿の輸入が増え、国内生産が急速に減少し続け、
昭和37年の2haを最後に県内での営利栽培は終了しました。
全国的には、当時、静岡県と鳥取県の4haのみとなりました。
そして、その時から、県内における営利目的による綿花栽培は
なくなりました。

 木綿の魅力は、
 ①肌触りのよさ 絹のように冷たくはなく暖かい、
  やわらかさと摩擦の心地よさ
 ②染が容易   染織技術の進歩
         絣(かすり)、縞(しま)、型染め、絞り、筒描きなど
         草木染めのやさしい色つかい、肌触りのやさしさ 

 現在、豊浜地区では、子供たちの綿花栽培経験ということで、
数件の農家が綿花栽培を行っています。

 また、観音寺市の豊浜ちょうさ会館の隣には、
豊浜町郷土資料館があり、
中に入ると、綿や綿栽培の資料が山のようにあります。
ほとんど立ち寄る方もおられないようですが、
ぜひとも一度覗いてみてください。

●ちょっといい話2題
1 鉛筆のプレゼント
 アフリカやアジアの恵まれない子供たちに、ノートと
鉛筆を送ろうとの先生の提案に子供たちも大賛成。
それじゃ、ノートは学校で用意するから、
鉛筆は皆さんの家にあると思うから、
児童の皆さんが持ってきてください、
未使用の鉛筆を一人3本ずつ持ってきてくださいと・・・。
子供たちは、わかりましたと、翌日それぞれが自宅から鉛筆を3本ずつ
持ってきました。
 でも、一人の児童だけが、どうしたわけか、未使用の鉛筆ではなく、
3本とも、鉛筆の先が削ったものでした。
 先生は、その児童の鉛筆を見て、
(そうだったんだ、この児童の家庭は、少し経済的に恵まれていない
 家庭で、未使用の鉛筆がなかったから、使用している鉛筆を
 持ってきたんだ。貧しいけれど、心のやさしい子供だ)と思って、
先生は、他の児童にそれがわからないようにさっと児童から
鉛筆を受け取りました。
 鉛筆を児童から受け取った時に、その児童がにこっと笑ったので、
先生は、なぜかほっと心が安堵するのを感じたのでした。

 夕方、その先生が学校から帰ろうとすると、
貧しくてでも心の優しい使用済みの鉛筆を持ってきた子供と
偶然出会って、先生が子供に、
「今日はありがとう。鉛筆持って来てくれたんだね。
 おうちには未使用の鉛筆はなかったけど、ちゃんと持ってきてくれたんだね。
 たとえ、未使用でなく使用していても、あなたの優しい気持ちはきっと、
 その鉛筆を受け取った外国の子供たちは、喜んで大切に使ってくれるよ。
 気持ちが一番、あなたの優しい気持ちが一番。ほんとうにありがとう。」
しかし・・・・。

 子供は、先生の言うことが理解できないのか、怪訝な顔。
しかし、すぐに笑顔に戻って、
「先生、アフリカやアジアの子供たちは、家が貧しくて、
 食べるものも十分食べられなくて、だから、ノートも鉛筆も
 ないかもしれないね。だから、私の鉛筆、使ってもらったら、
 とってもうれしい。
 きっと、貧しいから、鉛筆削り機もないのだろうなあ。
 だから、私、鉛筆削ってきたんだよ。」

 先生、「えっ・・・」

 私は、この話を聞いた時に、体から熱いものがこみ上げてきました。
このまま大きくなって、素敵な大人になってほしいです。

2 子供は宝
  子供は宝・・・。確かに自分の子供はかわいいと言う人は多い。
 そういう意味で「子供は宝・・・」というのは、よくわかる。
 しかし、そういう狭い意味ではなく、子供は私たち大人全員の宝。
 もし、この世から子供がいなくなったら、どうだろうか。
 他人の子供でもいい、子供がいるから、私たちの子孫が、
 また次の世代を作り出す。そして、次の世代にバトンタッチ。
 自分たちの時代を引き継いでくれるから、将来に希望が持てる。
 子供がいない世の中。自分たちの世代が消滅すれば、それで終りでは、
 希望がないだろう。きわめて自明の理だが、しかし「子供は宝」。
 みんなで大切にしたいです、世界の子供を・・・。


●金子みすゞ
 私が大学時代に、彼女の詩を読んで感激したのを今でも鮮明に
覚えています。
世の中にこれほど優しい人がいたのかと・・・。
彼女の優しさは、感じたものの心をほんとうに癒してくれます。
そこには、現代社会に欠けてきているものが、見え隠れしています。
多くの方は知っているとは思ったのですが、
私より若い人は、彼女のことをほとんど知らないということが、
最近わかって、少しでも彼女の魅力、優しさをお伝えできればと思って、
しばらくの間、ご紹介させていただきます。
知っている方も、しばしお付き合いください。

 金子みすゞさんは、大正時代末期から昭和初期にかけての詩人です。
不幸にも最後は幼い娘がいながらも、
主人とのトラブルなどで最後は、自ら命をたったのでした。享年26歳。
私の大好きな詩人のうちのひとりです。
彼女の詩を皆さんはいくつ知っていますか?
彼女の視点は、眼からうろこが落ちるほど、はっとします。
これからは少しづつ紹介してみます。
きっと、彼女の優しさに触れて、心が落ち着きます。

◎大漁
 朝焼け小焼けだ大漁だ
 オオバいわしの大漁だ

 浜は祭りのようだけど
 海の中では何万の
 いわしの弔いするだろう


◎わたしと小鳥と鈴と
 わたしが両手を広げても
 お空はちっとも飛べないが
 飛べる小鳥はわたしのように
 地べたを早くは走れない

 わたしが体をゆすっても
 きれいな音は出ないけれど
 あの鳴る鈴はわたしのように
 たくさんな歌は知らないよ

 鈴と小鳥と それからわたし
 みんな違って みんないい


●情報発信
 てくてくさぬき、秋のまち歩きスタートしました
詳しくは、下記のURLをご覧ください。

  http://www.tekuteku-sanuki.jp/teku_menu/index.html

 今回もご一読ありがとうございました。
1週間、お元気でお過ごしください。 
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テーマ : 香川
ジャンル : 地域情報

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讃岐三白の棉

香川県の西部の観音寺市・三豊市で盛んな、ちょうさまつり(長竿まつり)は、ふとんぢょうさとも呼ばれていました。当事では、高価だった『棉』を土台に金糸・銀糸・赤布で飾りつけ、地域単位で山車の豪華さを競った西讃の富の象徴ですネ。

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