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(75)卑弥呼が讃岐で大活躍 !

 二十四節気では、
6月21日の夏至を過ぎました。
暑いはずです。
 夏至は、北半球において、1年で一番昼が長く、夜が短い日ですが、
実は、一番早い日の出の日ではなく、
一番遅い日の入りの日でもないのです。

 また、七十二候では、
夏至の初候の乃東枯(夏枯草が枯れる)から、
夏至の次候の菖蒲華(あやめの花が咲く)への移りの候です。

 梅雨に入っていますが、雨が降ってくれません。
待ち遠しい雨です。
わがまま言いますが、集中豪雨となることなく、降ってほしいものです。
 今年は旧暦では閏年。
1年は、13ヶ月あります。閏5月があり、したがって、
夏は、4ヶ月もあります。暑いはずです。
一雨ほしいです。

宇多津について
 先週、依頼を受け、宇多津で、異業種交流会でお話させて
いただきました。
県下一円から、企業のトップや行政、県議など
約70名の方が参加され、にぎやかなひとときとなりました。

 会場の聖通寺山の常磐公園内にある、サンアンジェリーナには、
夜は何度か訪れたことがありますが、昼間はほぼ10年ぶりくらいで、
しかし、その眺望のよさに改めて驚き感動しました。
瀬戸大橋が手に取れるように目の前に雄大に広がっています。

 また、かつては我が国最大級の塩の町であり、
現在は、香川で一番狭い町ながら、
人口密度、増加率ともに、県下NO1である
元気な宇多津の町並みがミニチュアのように見えます。

 高さがわずか117メートルの小山からですが、
北は、瀬戸内海がほぼ180度にわたって見下ろせ、
多島美の素晴らしさ、体感できます。
また、南には、さぬき山の代表格であり、7讃岐富士のひとつである
飯野山が、まじかに迫り、その稜線の美しさに圧倒されます。

 しばらく出かけたことのない方は、ぜひともお出かけください。
素晴らしい眺望が広がっています。
わずか117メートルからの眺望、しかし侮ることなかれです。

 宇多津は、古くは鵜足津とも言われていた土地で、
風水からみても、背山臨水の絶好の地だと言われ、
足利尊氏が、南北朝時代の多くの犠牲者を慰霊するため、
夢窓国師(礎石)の全国一寺一塔建立の勧めで、
全国66箇所に安国寺と利生塔を置いたのですが、
そのうちのひとつを宇多津に建立したと言われています。

 ご存知室町幕府の管領職であった細川頼之が、14世紀中頃、
3代将軍義満の命を受け、地元豪族を滅ぼし、
平定し、城を構え、讃岐の守護所として、栄えた土地です。

 また、1587年の生駒の治世から
1642年松平頼重公の治世に移った時も、
高松藩12万石は、実は、土器川の上流からみて右側の右岸までを
領地として認められ、したがって、宇多津の地には、
高松藩の米倉が多くあって、そこから船に乗せて
積み出していたことがわかっています。

 このように、宇多津は歴史的にも、重要な場所を占めていますが、
最近は、まちおこしも、宇多津の目玉になろうということでネーミングされた
「うたたまの会」に代表される
地元若者の有志を中心に、活発に行われていています。
また、谷川町長を先頭に、行政の支援も活発化しており、
古代赤米を利用した日本酒「リセノワール」や、
大阪のイーグル製菓と提携して開発した宇多津の塩100%の
半生キャラメル「塩キャラメル」など、新たな特産品として、売り出し
好評を博していますので、この機会に一度お買い求めください。
リセノワールは、既に我が家では、7本ほど消費していますし、
塩キャラメルは、講演のお礼ということでいただき、
職員におすそ分けし、好評でした。

  ○リセノワール
   http://nasuarrows.blog15.fc2.com/blog-entry-62.html

   http://www.ricepowershop.jp/riceenoir/

  ○塩キャラメル
   http://www.crft.ne.jp/shio/syouhin.htm

 講演の中でもお話しましたが、
どの地域にもほんとうにいいものがありますが、
意外と地域住民は気づいていません。ほとんど見えていません。

 観光も、
外観は団体旅行から、個人グループ旅行と変わってきていますが、
本質的に感動したいということで言えば、何も変わっていません。
感動は、何も老舗観光地にしかないものではありません。
地域の路地裏にだって、地域の人の気持ちの中にだって
あるはずです。
観光は、単なる享楽だけでなく、その土地の歴史、自然、人々など
まるごと実体験するという
「ものがたり観光」と言ってもかまわないくらいです。

 要は如何にしてそれらを見つけて磨き、うまく伝えられるかです。
現在、県下で行われています「てくてくさぬき」は、
そういう流れを汲んだものです。
むしろ、今年は、大勢の県民にも参加していただき、香川の宝ものに
触れてほしいのです。そして、そんなこと知らなかった、
そんな宝ものが身近かにあったのかなどと感動していただきたいし、
できれば自らがスポークスマンとなって、情報発信してほしいものです。

 まちを元気にするのは、そこに住んでいる人たちであり、
住民の地域に対する誇りや熱い思いがないと、元気になりません。
中には、例外的によそ者がまちおこしに取り組んで成功している例も
ありますが、あくまで例外です。
地元の人が、歳に関係なく、瑞々しい若者の気持ちを持って、
馬鹿者と言われるような溢れる熱い思いで、
よそものの視点で、町を元気にしていかなければいけません。
要は自分たちのことを自分たちがすること。
だからしていて、楽しめなければいけません。
楽しめないと継続出来ません。
そして、それは、誰のためでもなく、自分自身のために行う
ことなのです。

 最後まで、皆さん、熱心に私の話を聞いていただき、感謝です。
ありがとうございました。
そして私こそ、こういう機会をいただき、元気いただきました。、

卑弥呼は、田村神社(高松市一宮町)の祭神のひとり!
 先頃、古代史をにぎやかにした事件がありました。
ご存知、邪馬台国と言えば、歴史があまり好きでない人も興味を抱く
話題ですが、しかし、現在では、
もう畿内説に軍配が挙がったかなと思われるほど、
畿内説が大勢を占めているようですが、
実は、九州説、畿内説、まだいずれも確定したわけではなく、
今だに、邪馬台国が当時いったいどこにあったのかが
古代史の最大の謎であると言っても過言ではなく、
多くの素人考古学者も巻き込んで、
話題になる度に強い関心を集めています。

 邪馬台国は、個人的にもたいへん関心のある話題で、
1970年代の前半から少しずつ発掘されて出土していた
佐賀県の吉野ヶ里遺跡が、本格的な環濠集落と判明した後の
九州説支持者の喜びは、おそらく想像を超えるものだと思います。
私も吉野ヶ里遺跡を訪れましたが、のどかな田園風景の中に
環濠集落が突如出現、空に突き出し一際目立つ高層の
物見櫓に圧倒されたことを、今でも懐かしく思い出します。

 畿内説の有力候補地は、奈良県桜井市の
纒向(まきむく)遺跡ですが、
このたび国立歴史民俗博物館の研究グループが、
早稲田大学で開催した日本考古学協会の総会で、
「放射性炭素年代測定法」によって、その大部分の古墳が、
3世紀前半の築造であるとする見解を発表しました。

 邪馬台国の所在地の記述については、
中国の古書「魏志倭人伝」に見られます。
正確には、邪馬台国ではなく、「邪馬壹国」と記述されています。
卑弥呼までは、男性の王が治世していましたが、戦乱が相次ぎ、
それを止めるために、女性である卑弥呼が2世紀後半に擁立され、
239年に中国に朝貢するなど、
3世紀前半を中心に栄えたとされています。
 
 卑弥呼がいつ亡くなった(殺された)のかは
具体的な記載がありませんが、
現在では、248年頃に死亡というのが通説のようです。

 今回の「放射性炭素年代測定法」は、出土した炭化物の
残存炭素量を測定した結果ですが、
それを総合的に判断して、およそ西暦250年頃の築造と推定しました。

 そして、纒向遺跡古墳群の中でも、卑弥呼の墓と推察されているのが、
箸墓(はしはか)古墳です。
箸墓古墳は、巨大な前方後円墳で、卑弥呼の墓という説があります。

 日本書記によると、この箸墓古墳は、実は、
百襲姫(モモソヒメ)、
(倭迹迹日百襲姫(ヤマトトトヒモモソヒメ)とも言う))の墓として、
紹介されています。
百襲姫は、第7代孝霊天皇の皇女であり、
大和朝廷の初代崇神天皇のそばに使える巫女のような存在であつたと
同書には描かれています。
そして、後に
三輪の大国主命(おおくにぬしのみこと)と結婚します。

 三輪の大国主命は、大物主神ともいいますが、
彼は、百襲姫を訪れるのですが、それはいつも昼間ではなく、
夜にだけきて、けっして姿を見せません。
ある夜、どうしても話を聞きたくて、百襲姫が、
「ぜひ姿をお見せください、あなたの姿が見たいのです」と懇願し、
「絶対に驚かないと約束できるなら、明日の朝、櫛箱を開けて
みなさい」と夫である大国主命が言ったので、
翌日、実際に、百襲姫が箱を開けると、
そこにはなんと、大国主命ではなく、白い大蛇がいたのでした。
当然、百襲姫は驚きましたが、驚かないと約束したのに、
大いに驚き悲鳴まで挙げ泣いたので、
大国主命は自分に恥じをかかせたと怒り、
三輪山へ逃げ込んでしまいました。

 大国主命は、実は、三輪山の蛇神だったのでした。
 残された百襲姫は、約束を守らなかったわが身を恥じ、
悩み、絶望のあまり、
自らの陰処(ほと)を箸でついて、果ててしまいました。
箸墓古墳の「箸墓」の由来は、実はここにあったのです。

 百襲姫が、実は、中国の「魏志倭人伝」にでてくる卑弥呼と
同一人物ではないかという説は、
上述した魏志倭人伝などの文献によると、
卑弥呼の死んだ時期(248年)と、
箸墓古墳がが作られた古墳時代のはじめというのが、
近年では同時期と見られていること、
記述されている卑弥呼の墓の大きさと
箸墓の後円部分の大きさ(約160㍍)がほぼ符号すること、
そして、シャーマニズム的な性格が共通するなどの点から、
よく言われている説です。

 そして、このたび報道された「放射性炭素年代測定法」の結果が
より、卑弥呼説を裏付ける根拠になったのでした。
今後の展開がとても楽しみです。

 ところで、讃岐一宮=田村神社の5祭神のうちの一人が、
実は、この百襲姫であり、
もしかしたら、卑弥呼を祭っている可能性があります。

 百襲姫は、上述しましたように、第7代孝霊天皇の皇女ですが、
幼女のときから、神のお告げを受け、占いなどに長けていたようですが、
8歳の時、父親や兄弟とともに手分けして、西海鎮定のために旅にでて、
百襲姫は、讃岐に来られ、引田に上陸、
水のおいしいところということで、
現在の水主神社あたりで、居を構えました。
大内というのは、内裏(だいり)の名残りとも伝えられています。
水主では、20歳までの12年間を過ごしたと言われています。
この間、多くのため池を作らせ、
おいしい米作りに寄与したと言われています。
元祖ため池づくりと言ってもいいと思います。

 その後、西進し、現在の高松市の田村神社(創建709年)
あたりで落ち着き、5年ほどして、朝廷に帰りました。

 ちなみに、百襲姫の弟は、例の桃太郎伝説の桃太郎であった、
吉備津彦命(きびつひこのみこと)と
稚武彦命(わかたけひこのみこと)です。
いずれも孝零天皇の子供たちです。

 参考ですが、
神話(古事記)では、麦は米とともに重宝されてきました。
須佐之男命(すさのおのみこと)に殺された
食べ物の神さまである大気津比売(おおげつひめ)の神の亡骸から
蚕や5種の穀物が生まれたと言われ、
陰処(ほと)に生えたのが麦だと言われています。


●全国唯一、日本3大昔ばなしが伝わる県、香川!
①かぐや姫伝説
 ・ももそ姫=かぐや姫説、
 ・長尾に伝わる竹取伝説などかぐや姫にまつわる伝説数多し。

②桃太郎伝説
  岡山県総社市吉備津彦神社に由来する桃太郎伝説  
  ただ、香川には、鬼が島(女木島)、鬼無、鬼無雉ガ谷(雉)、百襲姫、
  綾川町猿王(猿)、そして岡山にも、県境の犬島(犬)などの
  関連地名茂多く残っています。
  さらに、田村神社には桃太郎の姉と言われており、百襲姫が
  祭られています。
 ・百襲姫の弟 吉備津彦命(きびつひこのみこと) 
 ・2世紀後半 吉備中山と瀬戸内海の鬼(海賊)退治
 ・家来
   犬:犬島出身の水軍
   猿:猿王(綾川町陶)出身の火を操る焼き物師の一族
   雉:雉ヶ谷(高松市鬼無町)出身の弓の名手

③浦島太郎伝説
  現在、地名までその物語を語る浦島伝説は日本では、
 2箇所で県内にある。

1 荘内半島
    浦島太郎伝説
     猟師の与作その女房「おしも」の子供である太郎
     地名 紫雲出山、箱、不老の浜(ふろま)、上天(昇天)など

2 豊島・男木島・女木島など
    ・男木島に伝わる 山幸彦と豊玉姫命


 この3にまつわる数字で出来事は、香川には意外と多く、
たとえば、
 ○日本3大狸 
  屋島の太三郎狸、佐渡の団三郎狸、淡路島の芝右衛門狸だが、
  屋島の太三郎狸は総元締め

 ○3大五重塔
 ・本山寺
 ・善通寺
 ・志度寺

 ●お知らせ
  四国観光立県推進協議会と京浜急行電鉄(株)の共同で、
6月15日(月)から、8月15日(土)まで
「四国アイランドギャラリー号」
(京急の電車1編成を四国のポスターでジャック)が
運転されています。

 四国の城をポスターにして貼付したり、
四国4件の代表的なおいしい食べ物を紹介したりしています。

 期間中の6/18(木)~24(水)に、
京急百貨店(横浜市上大岡)で、四国・瀬戸内の物産展が開催されます。

 これにあわせて、6月20日(土)、21日(日)に、
京急上大岡駅前コンコースに、四国の観光コーナーを出展し、
観光パンフレットの配布やポスターの掲示等を行いました。

 当初は京急から高知県にというお話だったので高知県中心に
なっていましたが、
最終的には四国で観光コーナーを出展させてもらうことになりました。
物産展の業者は、京急百貨店から直接声をかけて出店するもので
香川県からは、以下の品目で3店が出店しています。

 ポスターも四国の代表的な食や、意外と人気ですが、
最近特に歴女のおかげで、四国のお城がクローズアップされています。
全国で木造天守閣が12ある中で、なんと四国には、
丸亀城、松山城、高知城、宇和島城の4城もあります。


  ・骨付き阿波尾鶏【一鶴】
  ・さぬき生うどん【本格手打ちもり家】
  ・さぬき和三宝糖【ばいこう堂】

 (この情報は、四国4県の広域観光促進組織であり、4県のほか、
JR四国で構成されており、現在7月末を目処に実質的に官民一体の
組織として生まれ変わろうとしている四国観光立県推進協議会や、
香川県東京事務所企業誘致・観光課の吉井様から
情報をいただきました。)
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ジャンル : 地域情報

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