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(64)魚肉ソーセージのお話 !

 二十四節気では、4月5日は清明です。
清明とは、気候がよくなり、万物が清々しく明るく美しい頃と
言われています。
 3月30日頃は、七十二候では、
桜始開(桜の花が咲き始める)から
雷乃発声(遠くで雷の音がし始める)への移りの候です。

 この3月に、栗林公園ミシュラングリーンガイド(観光地編)で、
三ツ星認定されてから、多くのマスメディアに注目され始めています。
県民の関心も少しずつ高くなっています。

 日本では、飲食編のレッドブックが有名ですが、
フランスを中心にヨーロッパでは、ミシュランと言えば、
グリーンガイドブックの方がポピュラーです。

 同じ三ツ星の岡山の後楽園でも、ちょうど1年前の簡易版で、
三ツ星に認定以来、外国人の来園が多くなっています。
栗林公園もこれを機会に大勢の外国人にも来園してほしいです。

 なお、先週に、三ツ星認定の詳細のURLを
下記としてご紹介しましたが、
どこに栗林公園の認定が掲載されているのか
わからなかったと言うリプライもいただきました。
確かにわかりにくかったです。たいへん失礼しました。

 実は、このURLをクリックしていただき、
そして、現れてきたそのページの一番最後の、
ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン」の掲載地リストというところを
クリックしていただきますと、日本全国の星取り状況がわかりますので、
一度ご確認ください。

 http://www.michelin.co.jp/media_center/news/corporate/090131.html

 日本を代表する大名庭園、お庭の国宝でもある「栗林公園」は、
27日金曜日から、春のライトアップが始まり、来月4月5日までの
10日間実施しています。
よろしければ、お誘い併せの上に、ぜひお越しください。
ミシュラン三ツ星に認定されました公園を、
十分ご堪能ください。

 特に、風のない日にお越しください。
水面に映った桜や松は、それは怖いくらい見事に映っています。

 公園では、現在、エドヒガン数本とシダレサクラ1本が満開ですが、
園内の桜のほとんどを占めるソメイヨシノは、まだ3分咲きです。

 江戸時代中頃、江戸の染井で、当時の植木職人が、
オオシマザクラとエドヒガンを掛け合わせてクローンとしてできたのが、
今のソメイヨシノです。
 当時上方の桜として、奈良の吉野が有名であったため、
それにソメイをくっつけてできたのがソメイヨシノです。
クローンだけに寿命は、平均60年くらいと言われていますが、
中には、弘前公園の中にあるソメイヨシノは120年とも言われています。
したがって、全国各地の樹齢数百年の桜というのは、
ソメイヨシノではなく、シダレサクラがほとんどだと思われます。

 今週末から満開だろうと予想しています。
ぜひ一度お越しください。
そして昼間とはまた違った、夜の幻想的な姿を
ご堪能ください。

●魚肉ソーセージのお話
 人との出会いは、ほんとうに素晴らしいものだと
痛感しています。
観光ボランティアガイドに10年以上携わっていますと、
ほんとうに多くの素晴らしい人と出会えました。
そして、それが縁で、またさらに素晴らしい人を紹介していただける
貴重な体験も何度もさせていただいています。
その人脈や、今は私の貴重な財産となっています。
ほんとうに心から感謝しています。

 人生、たかだか3万日、その中で如何に心に残る人に出会えるかが
その方の人生を幸せにも不幸にもします。
人生は、人との出会いですし、
一生懸命に尽くせば、出会いはどんどん広がります。
そして、同じような思いの方に次々と逢えていくから不思議です。
人生は人との出会いと別れ、これに尽きると最近痛感しています。

 先日、ある方からのお誘いで、
1人の素晴らしい男性を紹介させていただき、
先日、再び縁があって、またその方とお会いでき、
ゆっくりお話することができました。

 私が一方的に思っていることかも知れませんが、
人間、不思議なもので、2度目の出会いだと妙に意気投合して、
話が弾みます。
その方は、現在、立派な地位も名誉もある方ですが、
実は、現在の姿からは想像がつかないくらいたいへん苦労された方です。
幼少時に父親を亡くされ、母親の手ひとつで育てられ、
貧しい生活のため、クラスで2名だけ修学旅行にいけなかったうちの
一人であった、とお話されました。
もし私がその立場なら、子供心なりに、きっと
母親や貧乏を恨んだことだと思いますが、
母親の苦労や家の経済状況を考えると、それも仕方ないことだとは
なかなか思えなかったと思います。

 その方はあらゆる面でたいへん苦労された方ですが、
都会に出て、下宿で食卓に出されたのが、魚肉ソーセージです。
見るのも初めてなら食べるのも初めてという時に、
最初は、これはいったいなんだとかなり戸惑ったようですが、
その方は、その魚肉ソーセージを口に入れてみて、思わず、
「世の中にこんなにおいしいものがあるのか!・・・」とたいへん驚き、
感動したお話をお伺いしたときは、私も思わず、
驚きと、そして心動かされました。

 現在立派な地位や名誉もある、今私の目の前に座っているこの方が、
実は、過去にそういうたいへん苦労した時代があったのかと思うと、
感慨深いものがありました。

 今ではほんとうにいい思い出だ、と笑いながらお話されていましたが、
現在の姿があるのは、そういう逆境をばねにがんばってきたのであり、
これは、やはりお母さんや下宿のおじさん、おばさんたちのおかげですと
お話されていた笑顔がたいへん印象的でした。

 その日、その方と離れて、星空見ながら、歩いて帰る途中、
いろいろ考えさせられました。
贅沢な生活に浸ってしまって、何か大切なものを
忘れてしまっているのではないかと痛感しました。
魚肉ソーセージや修学旅行にいけなかった話がお伺いできて、
ほんとうによかったと何度も思いました。
ほんとうにいいお話を聞けたと感謝せずにはいられませんでした。

 おいしく食事するには、高い料金を出せば食べられると
私たちはつい思いがちですが、
高い料金は、高価な食材に手の込んだ調理の対価でもありますが、
場合によっては、数が少ない希少価値のもので高いと言う場合もありますから、
一概に高いからおいしいとは言えません。

 また、おいしさは、料理のおいしさだけで感じるものではなく、
盛り付けなどの見た目、匂い、食器の手触り感、さらには
もっと大切な給仕やサービスに携わる人たちのおもてなしでも
大きく変わります。

 さらに、誰と一緒にたべるのか、
相手が、気心の知れた気のおけない仲間や
素敵な伴侶、恋人だとしたら、おいしさはぐっと増します。

 そして、それでも究極は、やはり空腹感だと思います。
私たちは、今は、おなかがへって食事しているというよりは、
その時間帯が来たから、食事していると言う場合が多いです。
だから、どうしてもカロリーオーバーになり勝ちです。
そういう生活を送っていると、
たまに、3食くらいわけあって飛ばすと、
その後に食べるものが、たとえごはんと味噌汁とお漬物だけであっても、
思わず涙が出るほどそのおいしさに改めて感動します。

 現代は、ものが一時的に溢れている時代です。
一時的とは、これも長い間は続かないということです。
やがては世界的規模で、水不足のたいへんな時代がきます。

 今こそ、少しでも便利さを廃して、不便さを享受する姿勢が
不可欠だと思います。
資源を使い過ぎるということは、
私たちの子孫の資源を食いつぶしていることにもなりかねません。

 腹八分目、昔の人はほんとうにいいことを言っています。
混沌と先行きの不透明な時代に、私たちが本当に
どうしなければならないのかの心構えなどのヒントは、
私たちの過去の先人がすでにアドバイスしてくれているのかもしれません。
学ぶべきは、過去かもしれません。


●さぬき発 与一の矢 その3
~ 眼からうろこの落ちるさぬきの話 ~

○お茶ワールド香川は、伝統の宝庫
 個人的ですが、ほんのここ3、4年でお茶会への出席が
ぐ―んと増えてきました。
また、お茶や茶道のお話、茶道を通じて触れる日本文化など、
ご縁で依頼があって講演会の講師をするなど、
お茶というものが身近な存在になっています。

 作法などまったくといっていいほど知らないそこつものですが、
お茶の世界は、もうそれを超えて魅せるものがあります。

 お茶の祖と言われている村田珠光から数えて
やはり5百年を超える歴史があります。
伝統的にお茶の葉を食べる民族は、日本人くらいでしょうか。

 お茶はもともと中国から、平安末期に禅師の栄西によって持ち込まれ、
薬として伝わってきました。お茶を一服、二服というのはその名残です。
その後、お茶の産地当てゲームとして賭け事に使われたり(闘茶)したため
一時禁止されたこともあります。

 しかし、村田珠光と一休禅師によって、
お茶と禅が見事に融合してからは、
精神性の強いものに生まれ変わり、
また、能、華道、連歌などとともに、
支配者階級などでは作法や教養の一種として広がりました。

 室町になると、本格的な茶室や露地(ろじとよみます。
茶室のお庭という意味で、栗林公園も本来は典型的な茶庭です)も出現、
陶器などの焼き物技術なども進化し、
戦国時代の大名に広がりました。
お茶の強い精神性は、、「一期一会」や
「和敬清寂」(香川県庁舎東館1階の猪熊弦一郎の陶板は、
この精神をテーマとした作品になっています)、現代にも息づいています。

 今の日本では考えられないことですが、戦国時代においては、
明日の命も知れぬ、いつ死んでもおかしくない乱世の時代ですから、
お茶の精神が重宝され、戦の前には家臣との間でもお茶のおもてなしが、
欠かせなかったと言われています。あの信長でさえ、
もし上杉謙信が脳卒中で倒れなかったら、
おそらく戦国最強といわれた上杉軍団に滅ぼされていたと思います。
それほど明日の命が分からない時代です。

(余談ですが、信長のすごさは、妹お市の方の3女お江(ごう)が、
 結局は徳川2代将軍秀忠の正妻となり、3代家光の母親となったことで、
 織田家の血が脈々と徳川家に流れているということです。
 まさに運命の皮肉です。)

 また、戦の殊勲として、名器と言われる茶碗などの茶道具を与えている
事例も数多くあります。

 お茶の世界では、室町後半の村田珠光に始まり、
利休の師匠であり信長に仕えた武野紹鴎、古田織部、
そして綺麗さびの徳川家茶道指南役小堀遠州と続いていきますが、
生駒藩は表千家、そして松平藩は後に言う武者小路千家
(正確には、むしゃこうじせんけと読みます、別名官休庵です)の
千宗守が代々茶道頭を務めています。

 関係者とお話する中で、高松を始めとするこの香川に、
如何に多くの方がお茶をたしなんでいるのかが、よく分かりました。
さすが、官休庵発祥の地です。

 千利休が秀吉から切腹の沙汰を受けて、
千家はお家が断絶状態になり、養子の小庵は京都を離れ、
会津藩に匿われました。当然茶道具はずべて没収。
茶道具の取り戻しは苦難の連続でしたが、
孫の宗旦になって、長年の努力の甲斐もあって茶道具の返還が許され、
後妻の長男宗左が表千家、次男宗室が裏千家、
そして後ほど、先妻の次男が高松藩ゆかりの武者小路千家を興しました。

 江戸時代、高松藩の初代藩主松平頼重は、お茶の周辺工芸も
手厚く保護し、参勤交代の節には、サワラのからすみと
円座(今でこそ名前だけの高松市円座町となっていますが、
ここで生産されていた萱などを使って作られた円座は、
今でも全国の羨望となっています。)を献上し、
将軍も待ちわびていたというほどです。
この円座は、栗林公園の民芸館に展示しています。
その見事な仕上がりにはため息がでるほどで、外国人もよく驚かれています。

 お庭焼きも、わざわざ京都から、
森島作兵衛重利(粟田口作兵衛・紀太理兵衛)を招聘しています。
その作品は仁清焼・古清水焼と並んで鮮やかな美しさが、
まばゆいくらいです。

 今からおよそ260年ほど前の公園の古絵図にも、
北門(これが正門)の北には、窯が描かれていますが、
実はその位置に、現在、紀太理平14代目の当主がお住まいです。
歴史の連続を実感します。

 そのほか、和三盆糖などを使用した和菓子など、
お茶にまつわる話が枚挙に暇がありません。
そう、香川、特に高松市は、お茶の世界では、
聖地にも近い街なのです。

 そして最近は、街全体がお茶一色になる大茶会も復活しています。
お茶を通じて、日本文化にも触れてみませんか!

てくてくさぬきのまちあるきスタート・・・

 丸亀でまちあるきがスタートしました。
これから本格的に、県全域を舞台にまちあるきが始まりますので、
ぜひご参加ください。

 きっと素晴らしい体験ができますし、
目からうろこが落ちる世界を体感できます。
 
 詳細は、下記URLまでアクセスを・・・

 http://www.tekuteku-sanuki.jp/teku_menu/index.html
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テーマ : 香川
ジャンル : 地域情報

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