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(52)平凡な年でありますように!

 新年、明けましておめでとうございます。
 大晦日の深夜の空は、空気も澄みきって、
星たちが神々しく輝き、それはきれいでした。
また、元旦のご来光も素晴らしく、新しい年の幕開けにふさわしく
晴れやかでした。

 今年も皆様にとって、輝く1年・・・、
いやそうではなく、平凡な1年でありますように
心から願っています。
平凡が一番です・・・!

 拙い内容ですが、少しでもお役に立てればとがんばって
今年も情報発信させていただきますので、
読まれて何か思うことありましたら、
どんどんリプライメールいただければ感謝です。
無論、読んでいただけるだけで感謝です。
よろしくお願いします。

●「年明けうどん」スタート
 今年は、善通寺の年明けうどんから、1年がスタートしました。
31日の大晦日に善通寺にお参りしました。

 今年は、穏やかで、
どちらかと言えば暖かな大晦日から新年への年明けでしたが、
善通寺の境内に、新年初めてのお参りで、本堂に参詣するために
列をなす人のあまりの多さに驚いてしまいました。
 まるで早朝の通勤通学時のラッシュアワーのような混雑ぶりで、
本堂に向かう通路は、身動きもとれないくらいでした。
若いカップルやグループの人も多く見られ、
お寺の話によると、年初めのイベントとして深夜の参拝も定着化し、
年毎に人数も増加傾向にあるとのことでした。
ともかく本当にすごく、人、人、人の混雑ぶりでした。

 昨年の秋頃から吹き始めた不況の風もあって、今年もかなりの混雑が
予想されますというお話でしたが、
お参りに来られている方々の表情は、私が見る限りでは明るく、
境内は、笑顔で溢れていました。

 年明けうどんもおかげ様で評判がよく、
大勢の方が並んでくれました。
当日は、NHKの恒例年末年始番組「ゆく年来る年」において、
生中継でオンエアもされました。
放送は2分30秒と、全国でも一番中継時間が長く、
さらに一方的な中継ではなく、善通寺と東京との掛け合いもあって、
うまく全国に情報発信できたと思っています。
NHKスタッフの皆様には、年末の慌しい中、
事前の準備に相当な時間を割いていただき、感謝しています。

 また、当日は、エリアの民放の放送局もほとんど取材に来ていただき、
1日には、たくさんオンエアしていただき、
年明けうどん」のイベントとしては、最高の状況でのスタートとなりました。
ほんとうにありがとうございました。

 1日10時からの栗林公園での、年明けうどんのプレゼントにも、
恒例になっています2日の餡餅雑煮をはるかに上回る人が並んでいただき、
ありがとうございました。

 香川県は、昨年、旅行雑誌「じゃらん」の調査した
そこに行けばおいしいものが食べられる都道府県別ランキングで
見事全国1位になりましたが、その原動力はやはり「さぬきうどん」。
ことしも、さぬきうどんは始め、骨付き鳥、和三盆、
瀬戸の地魚や魚介類、キウイやイチゴ、桃などのフルーツ、ワイン、
寒鮒のてっぱい、しょうゆ豆など、全国区のものから、
その土地でなければ味わえないはB級グルメ
(よく間違うのが、味が落ちるからA級ではなくB級というのでは
 ありませんので、ご注意ください。)
と盛りだくさんです。
 今年もたくさん情報発信させていただきますので、
まだ味わったことのない人は
今年こそ、お楽しみください。

 年明けうどんは、1月15日までのイベントです。
詳細は、下記のURLにアクセスしてください。

  http://www.toshiakeudon.jp/

●いつ転落するかもしれない危うい現実、だからこそ・・・
 穏やかな年末年始を迎えているとは言っても、
世界では、中東でのイスラエルやガザ地区での抗戦状態が続き、
不穏な年の幕開けを予感させるに十分。
かつては、大国や同盟国からの仲裁も功を奏していましたが、
今では、それもままならず。
フランスのサルコジ大統領の仲裁案も一蹴されてしまいました。
多くの市民が犠牲となる中東の現状は、
餡餅雑煮をのんびりと食べていていいものかと
ふと思ってしまいます。

 また、年末年始のニュースは、東京日比谷公園に、解雇された
非正規職員やホームレスが、食べ物と暖と寝るところを求めて
列を成している様子を断続的にオンエア。
この冬空に住まいを失った人たちはどうするのだろうという思いも
厚生労働省の講堂を開放するということで、
日比谷公園の臨時救済所での対応オーバー分は、
何とか救われましたが、
しかし5日以降はどうするのだろうという不安は残ります。

 しかし、それを傍らに、一方では、各地のデパートで毎年恒例に
年始に繰り広げられる、その何十倍もの、福袋を買い求める長蛇の行列。
売り上げは、各店とも過去最高というから、不可思議。
各家庭には、これでもかと言うくらいにモノが溢れているにも
関わらず、さらに福袋を買い求める大勢の人の列は
いったい何を物語るのでしょうか・・・。

 日比谷公園も、福袋の列も、いずれも現代日本の現実。

 しかし、怖いのは、この国日本には、セーフティネットが
十分ありそうで、しかし十分ないことなのです。
今日は福袋を買い求める人であっても、
明日は、日比谷公園の列に並ばなければいけないかもしれない・・・
そんなバカなと思いでしょうが、
実は、明日はわが身なのです。

 一見私たちの生活は、平和に見えていますが、
たとえば、ひとたび家族の大黒柱や誰かが事故や病気で
倒れると、たちどころに傾き、
その状態が数年続けば、一家離散の憂き目。
この危うさは、どの家庭だってあるはず。
病気もいつ発病するか誰にもわからず、
増してや、天変地異や災害、事故などで
被害者になる確率は、誰にでも高く存在しています。
 
 年末には、広島県三原市で、家庭菜園をしていた家族に
車が飛び込み、両親と妹を一瞬で亡くして独りぼっちになった
10歳の女の子、
元旦には、富山県南砺市での深夜の火事で
10人の家族のうち6人が焼死してしまったという
何とも痛ましい事件。
私たちの周りには、こんな災害、災いのもとが
至るところに転がっています。
わが身とは関係ないと誰が言い切れるでしょうか!

 誰もが安心して暮らせる社会。
そのためにも、たとえば
福袋を買う余裕があれば、
そのお金を、日比谷公園に集まる困った方への寄付金に
まわせないものか・・・
そのような共助の思想、世界こそが、
安心安全の生活を保障するものだと思います。

 それでも日本は飽食、世界から見ればうらやましい国です。
今日の食べ物がなくて、いや1週間以上も何も食べてなくて
餓死する人の多さは異常です。
毎日、10万人近くの人が餓死しているという調査報告も出ています。
お金がなくて、病院にも通えず、死んでいく人の多さは、
私たちの想像をはるかに超えています。

 しかし、それ以上に困るのは、
これからは、お金を出してもモノが買えない恐れのある時代に
突入するかもしれないという恐怖。
とにかく、モノがないのです。

 たとえば、水。
多くの書物が警告しているなかで、絶対的に不足するのが「水」。
この少雨現象は、既に世界のいたるところで出てきています。

 これかからは不便さを甘受する時代。
不便と感じる生活を人々が続けない限り、
明日の未来はないと思います。

 資源は有限。これは絶対的な事実です。
如何にうまく使うかです。
これでないと時代を乗り越えられません。

 不便さの甘受、これがこれからの大きな時代の
キーワードだと思います。
便利さは、結局は自然に大きく理不尽な負荷を与えています。
無理をするから便利さが生まれてきています。
たくさんの資源を消費するから便利になるのです。
しかし、そのための自然への負荷は計り知れないものがあり、
環境破壊という言葉で現実化しています。
かつての文明はすべてが環境異変で破壊されてきています。

 私たちが過去を歴史を学ぶというのは、
過去の素晴らしい英知に触れることも大切なことですが、
それ以上に、過去の人類の愚かさを学ぶことの方が重要です。
どうしたからこそ、破滅したのか、
ここを学ぶことこそ、歴史を学ぶということの原点だと思います。

 強いだけでは生き残れないというのが時代の教え。
変化に対応できるものこそが生き残ってきたというのが
歴史の教え。
変化に対応できるとは、これからは、不便さを甘受することだと
確信しています。

 少しでも自分なりに不便さを甘受する生活。
今年はこれに少しでもチャレンジしてみませんか!

 平凡こそ幸せです。
でも、平凡な生活が成り立つのも、それを支えている大勢の方が
いるからこそのこと。
表面は平凡であっても、それを支える裏方に回れば
多くの方の努力で成り立っている社会。
私たちの生活は多くの人の力で支えられています。
それを忘れてはいけないと思います。

 かつて女優の工藤由貴さんが、
これからは自給自足でのんびりと暮らしたいと
田舎暮らしを始めましたが、彼女の感想、
自給自足ほど忙しいことはない、
何から何まですべて自分でしなければならず、
ぜんぜんのんびりできず、これほどたいへんだと思わなかったなどと
テレビで感想を述べていたことを思い出しましたが、
彼女の言っていることは本当だと思います。

 私たちの生活を支えてくれている多くの人に感謝。
そして、感謝の気持ちも、不便さを甘受する生活に加えてみませんか!
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テーマ : 香川
ジャンル : 地域情報

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新年、ちょっと書きました

かぐや姫 讃詩*

 みなさんは「かぐや姫」のおはなしをご存じですね。

 平安時代に創作され、竹から生まれたかぐや姫が、やがて美しく成長し、五人の公卿の若君から求婚されるものの、ついには月に帰って行く、そういうおはなしです。



 さて、いまからおはなしするのは、今から1300年前に創始された讃岐一宮田村神社に伝わるご祭神の「お姫さま」の物語です。

 わたしたちの知っている「かぐや姫」を、讃岐一宮の言い伝えと照らし合わせてみると、浮かび上がってくる「かぐや姫」。それをいまからご紹介したいと思います。



 むかしむかし、約2000年以上前の讃岐国の安戸ノ浦というところに、おん年八才ほどの美しい姫が流れつきました。この方はやまとととひももそ姫といい、遠くヤマトの国の帝(孝霊天皇)のお子さまでした。

 当時、大和の国は乱れており、お世継ぎをめぐっての騒動が繰り返されている時期でした。そんな騒動に巻き込まれてはと、ももそ姫の身をお案じになった帝は、姫が三才の時、母君さまのご実家のある淡路の国におあずけになりました。ですが、その淡路の国もあやうくなって、八才になっていた姫は讃岐の国まで避難して来られたのです。

 そして、このももそ姫こそが、のちに「かぐや姫」として語りつがれる、もとのモデルになった方だったのです。

 ではなぜ「竹から生まれた」ということになったのでしょう。

 それはもともと讃岐の国が「竹」と非常に縁の深い土地だったからです。

 そのむかし、讃岐の国は「竿調国(サオツキノクニ)」と呼ばれ、祭事に使う矛竿(竿竹ののぼり)を調(貢物)としていた国柄でした。

 ですから、その讃岐の国に降り立ったももそ姫は、竹の国に舞い降りたかぐや姫でもあったのです。



 姫をお迎えしたのは、たぶん土地の豪族であったことでしょう。

 その地は、寒川郡長尾郷(今の長尾町) あたりではなかったでしょうか。というのも長尾町にはかぐや姫伝説が数々残っているからです。たぶんそのあたりの
豪族の庇護のもと、すこやかに成長されたと思われます。

 やがて姫は、讃岐平野の中央(香川郡百相郷)へと居を移され、住まいするようになりました。

 すでに成長なさっていた姫は、その土地の農民たちに、稲作の新しい知恵や工夫を伝授しました。
これには姫だけではなく、姫のお供の方々もかかわっていたでしょう。
彼らが都で学んだ稲作の知恵はこの地の農民に伝えられ、大きな収穫をもたらしました。

 そのうわさを聞き知った他の地域からも「わたしたちのほうにもお越しいただきたい」という声が多く聞かれるようになりました。

 ほら、このあたりは五人の若君が「わたしのもとに嫁いでください」と求婚するのに、少し似ていませんか?

 ともあれ姫は、讃岐の田畑を潤すことに大きく貢献なさいました。そして、雨のすくない讃岐に数々の水にまつわる伝説を残されたのです



 時が経ち、姫は十八歳になりました。

 宮中がようやく落ち着きを取り戻し、平和が訪れたころ、都から「姫さまを都におかえしするように。」とのお達しがありました。

 もちろん、姫にお仕えし、お守りしてきた讃岐の人々には晴天の霹靂でした。
それは手のひらの玉をとつぜん奪われるような痛みだったことでしょう。

 「かぐや姫」には月から迎えにきた空からの使者を、弓矢で追い返そうとする
エピソードがありますが、民のこころはたぶんそれに似たものだったと思われます。

 とはいえ、尊いおん血筋の姫君です。

 民人は泣く泣く、姫を都に送り出しました。

 遠い都へ。まるで月のように遠い都へ。



 現在の高松市一宮町の田村神社には、姫が腹痛のとき袂に水を含み飲ませ腹痛を治したと伝わる『袂井』とともに『花の井』という井戸があるそうです。

 姫がヤマトにお帰りになったのちも、民人たちは姫をしのんで、その井戸から水をくみ、花を生けていたそうです。



 おしまいに。

 やまとととひももそ姫はかぐや姫のモデルであったというおはなしをしました。

 もうひとつ、近年考古学的に、非常に注目を集め発掘調査中の、奈良県の纏向遺跡は、儀式、祭などに使用する道具などかなり古い時代の貴重な出土品が出ています。

 また住居跡は、全て高床式で特別な地位にあった人たちが暮らしていたと推測されます。そのよう なことから纏向は、古来儀式や神事を行い、日本各地の頭領的存在が住んでいたのではないか。さらに王がいた都ではないだろうかと考えられているのです。

 遺跡の中には、日本最古の巨大な墓(箸墓:全長280m)があり、それは最初の王の墓ではないかと考えられています。

 さらに纏向遺跡の近くには、古くから信仰の対象になっていた三輪山という霊山があり、そこには日本最古の神社・大神(おおみわ)神社があリます。

 そうです、ももそ姫は、三輪山の神(大国主命)と天皇の橋渡しを行う巫女(卑弥呼)として迎えられました。

「纏向は日本で最初にできた都ではないか?」と推測されこの中心的存在こそ卑弥呼となった倭迹迹日百襲姫命ではないかとかんがえられています。
 
 また、近くには平安時代延喜式内社でもあった讃岐神社があり、これはももそ姫とともに讃岐から移り住んだ斎部(忌部)一族が創祀したと云われています。

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