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(55)今年も眼からうろこが落ちる話(第1弾) !

 日本時間1月21日午前3時前に、
アメリカ合衆国第44代大統領であるオバマ大統領
大統領就任式(宣誓と就任演説)が、日本でも生放送でオンエアされ、
眠い眼こすりながら聴かせていただきました。

 ワシントンには、なんと5キロにも渡って
200万人以上の方が就任演説を聴く
その異常な興奮は、日本では考えられないことですし、
大統領の宣誓のすぐ横に、実子とは言え子供が2人いるのも
なかなか理解できない光景でしたが、
それでも就任演説に、世界中でたくさんの人が注目し、
氷点下の寒空でありながら、中には涙流す人々も多くいて、
彼のカリスマ性のすごさに改めて驚きました。

 日本向け同時通訳者は、女性2名でしたが、
東京外大の先生は、時々なぜか大統領がまだ言っていないことまで、
通訳するものですから、これはきっと原稿を事前に配っていたものと
推測しています。
 それにしても、もし原稿を配っているとすると、
オバマ大統領は、約18分の演説内容をほとんど暗記していたものと
いうことになり、これはこれで大きな驚きです。

 演説内容がいいか悪いかのは、
その内容ではなく、
それを聴いた人たちの如何に多くの方が、その内容を
行動にうつせるのかどうかだと思っています。
演説だけでは何もチェンジしませんが、
その行動のきっかけになった演説だと後世が評価できれば
すごい演説だと評価されてもいいと思っています。
いずれにせよ、この演説を聴いた人々の今後の行動が
大切だし、演説の評価につながるのだと痛感しています。

 ただ、150億を超える費用をかけての晩餐会や舞踏会を含む
一連の大統領就任式には、疑問があります。
また、現実にアフガンやイラク、アメリカなどでは、
アメリカ人以外の多くの兵士が、そして民間人までもが
死と直面しています。これが現実なんです。

●まさに「目からうろこが落ちる」現象続発です。
 一昨年末から、宮城県白石(しろいし)市に、
全国から若い女性が押しかけています。
そして今でもますますその人数は、増えるばかりだそうです。
いったいなぜなのでしょうか?

 実はその大勢の若い女性たちのお目当ては、
片倉小十郎」なのです。
白石市は、素麺の一種である温麺(うーめん)と
全国こけしコンクールで有名な土地柄ですが、
実はあの名参謀であった片倉小十郎を生んだ土地でもあり、
彼が城主を勤めた白石城もあるのです。

 実は、この片倉小十郎という名前、代々受け継がれており、
初代は、政宗の側近であり、景綱(かげつな)といいます。
天下に名を馳せた名参謀で、
智の片倉景綱とも呼ばれているほどです。

 2代目は、重長(しげなが)で、
大阪の陣で大活躍して鬼小十郎とも呼ばれています。
この初代、2代は、
今NHKテレビでオンエアされています天地人(てんちじん)の
主人公直江兼続とほぼ時代を同じくしますが、ご存知でしたか?

 3代目は、景長(かげなが)です。

 以下は、白石市役所の片倉小十郎サイトです。

 http://www.city.shiroishi.miyagi.jp/section/kikaku/m2k/

 大勢の若い女性は、戦国武将「片倉小十郎」ゆかりの、
白石城や武家屋敷などに詰め掛けています。
(余談ですが、白石城は、仙台城の支城であり、
 伊達藩は一国一城令の例外でした。
 実は、讃岐国も生駒治世は瀬戸内海の見張りの拠点であった高松城と
 丸亀城が、一国一城令の例外でした。)

 携帯ストラップやキーホルダー、饅頭などこのブームに
あやかった多くの片岡グッズを買い求めて帰るそうです。
地元白石市役所の観光セクションも驚くほどの
若い女性の多さと大人気ぶりです。

 そもそも、片倉小十郎がなぜこんなに人気者になったかというと、
これが実に不可思議なのです。

 実は、若い女性の間で大人気となったテレビゲームに
「戦国BASARA」というものがあり、このゲームの
人気キャラクターNO1が彼ということです。
ゲームの片倉小十郎は、実在の野暮ったい彼とはぜんぜん違って、
まったくの現代風でイケメンです。
使用する武器もぜんぜん違います。

 下のURLにアクセスしていただければ、わかると思いますが、
片倉とはまるっきり違うキャラクターで、
名前やシチュエーションだけ借りているようです。

 http://news.dengeki.com/elem/000/000/080/80483/img.html

 で、よくわからないのは、今までの常識では、
テレビゲームで人気が出たからといって、
顔も姿もぜんぜん違う、名前だけを借りたような人物が
関係するからといって、地方の小都市に
大勢のそれも若い女性が詰め掛けることはなかったですね。

 皆さんはバーチャルの世界で面白かったからといって、
その人物の縁(えにし)を訪ねていきますか?
理解できますか?
もし理解できましたら、まだまだ柔軟です。

 白石市の観光客が昨年は前年よりなんと約40%も増加し、
お土産グッズが約7倍に・・・。
JR東北本線白石駅前には、「小十郎」プラザなるものがあり、
そこでは、小十郎をPRするとともに、お土産もどっさり扱っています。

 四国関係では、長曾我部元親も
そのゲームのキャラクターになっているようです。

 テレビゲームの世界では、「戦国BASARA」に引き続いて
「戦国BASARA2」も出ていますので、一度チャレンジして
みてください。
 何人かの皆さんから、
その後白石に行ってきましたというメールをいただければ、幸いです。
楽しみにしています。

 ほんとうに何が大ヒットするのか、現在はわからないです。
徳島の上勝町のいろどりビジネスは、見向きもしなかった葉っぱが
お金に変わりました。
四万十道の駅では、新聞紙が紙バックに、
捨てられていたヒノキの角材が、お風呂用のヒノキ匂い板として
億単位のお金を稼いでいます。

 テレビゲームからでた人気キャラクター、
いくら乱世の戦国ブームとはいえ、
バーチャルなゲームを飛び出し、現実の世界に
観光に訪れる行動は、かつての常識では理解できませんでした。

 常識を大いに疑ってみる、
役に立たないものなどないのではないかという目でモノをもう一度
見てみる姿勢こそ、これからの観光の大きなヒントになりそうです。
まさに「目からうろこが落ちる」現象です。

●坂出にはなぜ天狗が?
 第19回 坂出天狗まつりが開催されます。
・期間:平成21年2月7日(土)、8日(日)    
    2月7日(土)11:00~21:00
    2月8日(日)9:00~14:00
・場所:坂出市大屋冨町並び林田町、相模坊社、松山小学校、
    林田運動公園他

 坂出市は、瀬戸大橋のたもとにあります。
祭りの皮切りは「テングウォーク」です。
坂出市松山小学校を出発し、五色台の白峯寺までの西行法師や
崇徳上皇の歌碑が並ぶ「西行法師のみち」約11キロを往復します。

 地元の天狗である相模坊天狗を奉っている
相模坊社(さがんぼうしゃ)では、
夕方から天狗バザールや天狗劇、鴨川福神太鼓の演奏など
楽しいイベントが用意されています。

 中でも毎年大人気なのが「天狗うどん」。
地元特産の金時ニンジン、シイタケ、ダイコンなど、
十(テン)種類の具(てんぐ)を炊き込んだ
白みそ仕立ての特製うどんです。
優しい風味で体の芯から温まります。

 8日は瀬戸大橋の絶景をながめながら海岸沿いを走る
坂出天狗マラソンが行われ、全国からランナーが参加、健脚を競います。
今回は15回目の記念大会に当たり、元オリンピック選手の
小鴨由水(こかもゆみ)さんや香川オリーブガイナーズの
選手の皆さんを招待し、盛大に開催されます。

 澄んだ空気の中、ウォーキングを楽しみ、美味しいうどんを食べる。
心も体も元気になること間違いなしです!ぜひいらしてください。
お待ちしています。

 香川県五色台・白峰の相模坊天狗にちなみ開催される
「坂出天狗まつり」にぜひお出かけください。

○アクセス: 瀬戸中央自動車道「坂出IC」より車で20分。
       JR予讃線「坂出駅」より車で約15分。
○問い合わせ:坂出市商工観光課 0877-44-5015
        
 なお、マラソン大会参の受付は終了したそうですので、ご注意ください。

 ところで、なぜ坂出に天狗(相模坊:さがんぼう)が
いるのでしょうか?
 日本八大天狗の一狗、相模坊(さがんぼう)は、
世阿弥の謡曲「松山天狗」や上田秋成の「雨月物語」にも
登場する天狗です。
 1156年保元の乱で敗れた崇徳上皇が讃岐のこの地に配流され、
8年後の46歳の悲運の生涯を閉じました。
相模坊はひたすら上皇の御霊前に仕え、今も守護し続けています。

●史上最大の祟り神
 この原稿を書くことで、私にも、そしてこれを読む皆さんにも
誰にも何も起こらないことを、崇徳上皇様にお祈りして、
書かせていただきます。
また近々にお参りしてきます。

 白峯寺は、四国遍路88ヶ所の81番札所で、真言宗の古刹ですが、
1156年に勃発した保元の乱で敗れた崇徳上皇のお墓があったことは
皆さん、ご存知ですね。
白峯寺の歴史は古く、崇徳上皇が讃岐に配流される以前から存在し、
上皇が亡くなってから、
その裏山に埋葬されたものです。
従って、お墓であった白峯寺と、
霊魂を仏式で祀った神社に相当する頓証寺殿が現在存在します。

 そもそも、事件の発端は、
崇徳上皇は、1119年
鳥羽天皇の第一子として生まれましたが、
実は、鳥羽天皇の后である璋子(しょうし、たまこ)と
鳥羽天皇の祖父であった白河法皇の密通によって生まれた子と
噂されました。
 これが証拠に、鳥羽天皇は、崇徳上皇のことを「叔父子」と
呼んでいました。

 当時の白河法皇は、以前実権を持っており、強大な存在で
鳥羽天皇は、従うがままでした。

 崇徳天皇が5歳の時に、
祖父の堀河天皇が逝去し、鳥羽天皇が上皇になって、
後の崇徳上皇が、天皇になりました。

 一見平和に見えた天皇家も、
1129年に白河法皇が逝去して、
鳥羽上皇が権力を手中に収めました。
彼は、崇徳上皇とその母である璋子(しょうし)を無視して、
藤原家から得子(とくし、美福門院)を入内させ、
子供をもうけました。
この子供を、3歳で天皇として即位させ、近衛天皇としました。
当然、崇徳天皇は、崇徳上皇となりましたが、
その心中は思うに察するものがあります。

 ところが、近衛天皇が17歳の時に
謎の死を遂げます。
これについては、様々な憶測が伝わり、暗殺説もいくつかあります。
朝廷が、鳥羽法皇派と崇徳上皇派に別れていたのも事実です。

 崇徳上皇としては自分が再び天皇になると思っていたようでしたが、
父の鳥羽法皇は、崇徳上皇の弟である雅仁親王を天皇としました。
彼が後の後白河天皇であり、源頼朝が日本一の大天狗と称した
人物です。

 事件は、強大な権力を依然持つこの鳥羽法皇が亡くなった
直後に起きました。
これが1156年であり、保元の乱の出来事でした。
 保元の乱は、
崇徳上皇側が、左大臣藤原頼長、平忠正、源為義、源為朝らであり、
後白河天皇側が、関白藤原忠通、平清盛、源義朝らでありました。

 保元の乱は、後白河天皇側の平清盛、源義朝らの奇襲攻撃で
わずか数時間で終わり、崇徳上皇は敗れて、
讃岐に流されることになるのでした。

 配流の途中に、直島に漂着して、島民のやさしさ、素直さに
感激して、「直島」という名がついたのは有名な話として
伝わっています。直島には、その縁で、神社もあります。

 崇徳上皇は、讃岐に配流されてから、保元の乱で多くの血を
流したことを悔やみ、自ら鎮魂の意味を込めて、
3年がかりで、五部大乗経全200巻を写経して、
朝廷の後白河天皇に届けさせたところ、
側近の藤原信西入道に、これは朝廷を覆す魔経本であると
受け取りを拒まれ、
それに怒った崇徳上皇は、
自らの舌を噛み切り、その血で、
この写本に、「日本一の大悪魔(大魔縁)となって、末代まで呪う!」と
書いて、海に投げ捨て、
その後、讃岐に配流されてから8年後の1164年に逝去されました。

 ここで注意しなければならないのは、
世に祟りというのは数々あれど、
貴族クラスとなると、生前にこれほどの恨みを持って亡くなっ方は
崇徳上皇以外にありません。

 よく祟りで例に出される桓武天皇の弟の早良(さわら)親王や
藤原道真のような人たちは、どちらかというと、
彼らを追い落とした勝った側の、
「後ろめたさ」「負い目」などに由来する祟りであり、
生前に自らの意思によって祟ったこの崇徳上皇の祟りとは
完全に質を異にするのです。
それゆえに、史上最大の祟りとも言われています。

 現に、既にお話しました白峯寺の横にある
崇徳上皇の霊魂を仏式で祀った神社に相当する頓証寺殿は、
崇徳上皇の死後、後白河法皇が病に倒れた時に、
崇徳上皇の祟りとみなされて、建立されたものです。

 多くの皆さんは、そんな祟りなど迷信、あるはずがないと
思われるでしょうが、
実は、明治天皇は、明治維新を迎えるにあたって、
実父孝明天皇の生前の言葉を思い出し、
激動の時代を経てようやく出来上がった明治政府に
祟りがあってはいけないということで、
京都に、新たに建立した白峯神社に、
崇徳上皇を霊を招いて、祭祀したのです。

 崇徳上皇の無念さはいかばかりか。
機会を見つけてまたお参りしてください。
よろしくお願いします。
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(54)清原和博と あっという間の人生

 
清原和博 四国遍路に・・・
 清原和博が、昨年のプロ野球引退後、多くのマスメディアに登場しています。
彼の言動には様々な意見がありますが、
しかし、天性のオーラーを持ったスーパースターには間違いありません。
引退して、プロになるまでの話、そして23年間のプロ野球人生について
赤裸々に語っていて、人間味が身近に伝わってきます。
彼の著書も面白いです。

 マスメディア登場は、年末年始から一段と増えていますが、
実は先週16日金曜日の深夜に、
日本テレビのニュース番組の特集インタビューで、
「自分は人生で2度死ぬ。1度目がプロ野球引退、そして2度目が実際の死。
 以前から考えていたことだが、1度目の死の後にしたいことがあると
 ずっと思っていた・・・・。
 それは、四国遍路、88箇所をまわること。
 ぜひ実現させたい。」ということを話していました。

 このことは、ある方から既に情報をいただき、
なんとか四国のPRにつなげられないのかとの提言もいただいています。

 四国遍路は、世界遺産登録を目指し、官民一体となって取り組んでいる
四国の貴重な超一級の観光資源。四国の精神文化の象徴的な存在。
なんとか今回の清原選手の希望を活用できないものか、考えています。
いい知恵がありましたら、どんどんアイデアください。

●人間は自然に力に勝るものを何ひとつ持っていない・・・
 昔の人は、本当に季節の移り変わりに敏感です。
昔の人って言ってもそれほど前ではありません。
ほんの150年ほど前までのことです。
私たち現代人とは比べものにならないほど、季節を体全体で感じていました。
それは、生きていく上において、とても大切なことです。
自然から大きな恵みをもらうことに感謝し、だからこそ、
自然からの脅威にも耐えられます。

 人間は、自然界を構成する一部にしか過ぎません。
いや、もっと謙虚になって、
自然に生かされているといってもいいと思います。
私たちが生活したり生きていく人生の速度は、
私たちが構築した文明によるのではなく、
いつの時代も私たちを生かしている自然の移ろいの速さに合わさなければ
いけないと思います。

 世界最高峰のチョモランマから世界初の衛星生中継に成功し、
山頂でこいのぼりを泳がした仲間の姿をテレビ画面に映しだし、さらに
世界で3人目の北極点、南極点、チョモランマ山頂の3極点制覇を
成し遂げた山岳テレビカメラマン、中村進氏の言葉、
「人間は自然に力に勝るものを何ひとつ持っていない」は、
まさにそのとおりだと思っています。
しかし、その彼も昨年10月1日に、
チベットのクーラカンリ(7,538m)に向かう登山隊を撮影中に
雪崩に巻き込まれ、命を落としました。(享年62歳)
自然の厳しさには言葉もでません。

 七十二候での季節は、「水泉動」の候を過ぎて、
「雉始啼」の候となりましたとのリプライメールを、
素敵で元気な見目麗しき女性からいただきました。
1年を24節気に分けて、その節気をさらに3等分したものが、
72侯で、2月4日立春の「東風解凍」
(東の風が、池や沼の氷を解かす)から始まり、
大寒の「鶏始乳」(にわとりが卵を抱いて雛にかえるのを
待つようになる)で終わります。
ちなみに、「水泉動」は、
地中の凍っていた泉の水が解け始めるという意味であり、
「雉始啼」は、冬の野ずえを雉がケーンケーンと鳴きながら
飛んでいくじきであるという意味らしいです。
ほんとうに厳しさのなかにものどかな雰囲気があります。
24節気と72侯、気候というのは、どうもこのあたりから来たようですね。
これからは、活用したいです。

●人生は有限・・・だから輝く
 はや年明けから、3週間が経過しようとしています。
月日の経つのは誠に早いものだと実感しています。
 人生という旅は、80年として29,200日、
天寿まっとうしても120年、わずか43,800日しかなく、
この砂時計、一旦減りだすと増えることもなくひたすら減り続けます。

 私ももう半分以上旅してきました。
そして多くの人との出会いと別れがありました。

 中国の3大宗教と言えば、仏教、儒教、道教です。
一部には、儒教は宗教ではないという意見もあるようですが・・・。
余談ですが、なぜ生まれた中国に儒教が根付かないのか、
とっても、不可思議です。

 このうち道教は、究極的には、「不老不死」を願うものです。
今からおよそ300年以上の姿を現在に残している
お庭の国宝「栗林公園」の南庭の、「三島一連の庭(島)」なども、
道教の神仙蓬莱思想を具現化しているものです。
すなわち、3つの島には、不老不死の薬があり、
南湖のほぼ真ん中に位置する4つの岩を組み合わせた仙磯(せんぎ)には、
仙人が住んでいると言い伝えられ、
大茶屋掬月亭を船にたとえて、
また、掬月亭のお庭である枯山水の中にある根上がり五葉松の東側に浮かぶ
5つの夜泊石も船にたとえて、それらの船に乗って大海に乗り出し、
不老不死の薬を取得したり、仙人に出会うということで、
藩主の長命、世継ぎの生誕、お家(藩)の繁栄などを願う気持ちを
表しています。

 古代から権力を持った人間でなくても、
不老不死を願うのは至極当然ですが、
人生に限りがあるのは、世の必然。
しかし、日本人は、古来から、この人生の有限性を
限りあるものだから輝く、終わりがあるから美しいと看做しており、
たくさんの素晴らしい芸術作品や、「幽玄」「無常観」「侘びさび」のように
日本人の精神性をうまく表したような言葉で表現されるものを
生み出してきました。

 終焉があるのなら、
やりたいことはたくさんあっても、やれる期間は必ず有限なのだから、
やりたいことの優先順位をつけて、それに向かって邁進すべきです。
また、生を受けたこと自体に感謝し、
生命が維持できる自然にこそ、畏怖すべきものだと思います。

 私の講演でもよくお話することなんですが、
私たちは、生まれた時から、死に向かって突き進んでいるという
矛盾したような、考えようによっては過酷な旅をおくります。
若いときはこの事実をほとんど意識しませんが、人生は有限。
悔しいかな、生まれてきたら必ず死があります、
出会えれば必ず別れがあります。
すべて限りがあります。
でも限りあるからこそ、光り輝くものでもあるのです。
限りあるからこそ、大切にしなければいけないと思います。

 必ず終わりがあるなら、この世に生を受けて、
これから何を真っ先にとり組むべきか、考えなければいけません。
この世に生きてきて、何らかの証を残しておきたいと思うのが人情です。
人生の優先順序(プライオリティ)を、年齢に関係なく、
決めてそれに向かって進んでいかなければいけません。

 ましてや、自然災害、事故、故意など、
理不尽な出来事で突然命を奪われることもあります。
今年成人式を迎える20歳の若者が、だからといって、
あと60年無事に生きられるとは、誰も断言できません。
けっして、歳の順番で死が訪れてくることはありません。
だからこそ、余計に人生は有限ということを意識しなければ
いけないと思います。

 「あなたがいてよかった。ほんとうに助かった」と
一人でもいいし、またできるだけ多くの人からでも思っていただけるような、
いつまでも人の心に残るような生き方ができればいいと思います。
また、感謝の気持ちも常に忘れずにいるべきです。
まさに一期一会の気持ちです。
またそうなるように努力することが大切なのだと思います。

 世の中が、社会が、夢も希望もなく真っ暗だと言う前に、
自分自身が夢や希望を持っていないとどうしようもありません。
子供たちは、夢を持って、希望を抱いてがんばっている
大人の背中をいつも見ています。
だから、大人は子供たちの自分たちの背中を見せればいいわけで、
子供たちはそういう姿をしっかりみてくれます。
100の言葉より、一つの実行、実践。
これが最高の教育だと思います。

 怠惰な時間もあってよかろうと思います。
のんびり何もしない状態もいいだろうと思います。
そういう時間も大切だと思います。
 しかし、この世に生を受けたからには、
やはり、何としても生きなければいけません。
この狭い日本で、
毎日90人もの人が自らの命を絶ってしまう、そんな状況が
10年以上も続いている日本はやはりおかしいです。
無駄に過ごしてしまった昨日も、
人によっては生きたくても生きられなかった輝かしい日でもあるのです。
がんばって生きましょう!
そして、少しでもお世話になった社会に貢献を・・・

栗林公園。世界で大人気
 インターネットのウエブの世界では、お庭の国宝「栗林公園」が
最近、外国人の人気を集めています。

 まずは、英語による日本紹介サイトとしては、最大級のものが、
「ジャパンガイド・ドットコム」です。
運営するのは、国土交通省から、
「YOKOSO! JAPAN大使」に任命されている、
スイス人のシャウウェッカー・シュティファン氏です。
彼は群馬県藤岡市に住んで6年、日本人の奥さんもいます。
彼は、奥さんの実家が営む洋裁店の2階に事務所を設け、
取材のため全国を走り回ってもいます。
同サイトのページビューは、月間約600万(うち3割はアメリカ)
ですから、すごいアクセスです。
 特に欧米系の外国人は、このサイトをみて各地を訪問している方が
最近急増しているようです。

 なんとこのサイトでは、栗林公園は★★★で、
best of the bestの評価となっています。

 よければ、一度ご覧ください。

  http://japan-guide.com/

  http://japan-guide.com/e/e2099.html

 →ここでは、日本庭園として、全国4箇所が3つ星となっており、
  栗林公園のほか、苔寺、兼六園、足立美術館庭園が選ばれています。

 ほかにも、紹介ウエブたくさんあります。

 日本政府観光局(jnto)のページです。

  http://japan-photo.jnto.go.jp/eng/

 → 日本の風景のダウンロードランキングが、上記サイトで見えます。
   1位京都の円光寺、2位富士山。3位新宿、そして
   なんと4位が栗林公園です。
   すごいでしょう!と思わず自慢したくなります。
   うれしくてうれしくて、思いが通じたようです。
   人種、国境を越えて評価していただくことのうれしさ、幸せです。
   ふるさと香川の、いや世界の宝ものですね。
   いつか富士山を追い越したいものですね。
   
  http://www.jnto.go.jp/eng/wallpaper/index.html

→ 日本の風景四季シリーズでは、11月に
  栗林公園の南庭の紅葉の美しい楓岸(ふうがん)が採用されています。
  ほんとうは、風のない夜の、ライトアップで水面に映る紅葉が
  はるかに妖艶で美しいのですが・・・!

 JNTOの米国市場向けウェブサイトにも、
栗林公園の関連記事が掲載されています。
栗林公園の英語版HPへのリンクも設けられています。

<米国市場向けウェブサイト>

トップページ: http://www.japantravelinfo.com/top/index.php    

・ 需要喚起型コンテンツページ
(Heritage)
 ”Japanese Gardens”
 http://www.japantravelinfo.com/heritage/index.php

 また、同じJNTOの米国市場向けウェブサイトには、
直島の関連記事も掲載されています。

<米国市場向けウェブサイト>
トップページ: http://www.japantravelinfo.com/top/index.php    

1, Interesting Articleページ "I saw the light in Naoshima"
  http://studio360.wordpress.com/2008/11/16/i-saw-the-light-in-naoshima/

2, 需要喚起型コンテンツページ
(Modern Art)
 ”JAPANESE CONTEMPORARY ART 101”
 ”THE ART OF PAST, PRESENT AND FUTURE”
”LIVING WITH ART ON NAOSHIMA ISLAND”
 ”REFLECTIONS ON TADAO ANDO, JAPAN'S MONUMENTAL ARCHITECT”
  http://www.japantravelinfo.com/modernart/index.php

 英文読んでみると、面白いですね。
外国人と同じ感性だと思うところと、
こんなところに惹かれるんだとの意外性もわかって、興味津々です。


●ケネディとオバマ
 今週火曜日1月20日に、
第44代アメリカ合衆国大統領に、オバマ大統領が就任します。
African Americanとしては、初めての大統領で、
女性が大統領になるよりも、画期的なことだと思います。

 16代大統領のリンカーンが、南北戦争終戦の2年前の1862年に
奴隷解放宣言をして、147年目。

 オバマ大統領の本名は、バラク・フセイン・オバマ・ジュニアです。
フセインとミドルネームにあるのは、意味深です。
 また、オバマ大統領は、偶然にもケネディが35代大統領に
就任する年1961年に生まれています。

 選挙で選ばれた最年少(43歳)のカリスマ大統領のケネディも、
最近はモンローとのことなどスキャンダラスな話題がどんどん
でてきて、人気にもかげりがでてきたという人もいますが、
以前ケネディ神話は健在だと思います。

 1961年1月20日の彼の大統領就任演説の最後は、
今でも語り草になっていますし、今でも十分訴えかける力があります。

 それは、以下の内容です。
「わが同胞のアメリカ人よ、あなたの国家があなたのために
 何をしてくれるかではなく、あなたがあなたの国家のために
 何ができるかを問おうではないか。
 わが同胞の世界の市民よ、アメリカがあなたのために何をして
 くれるかではなく、われわれと共に人類の自由のために
 何ができるかを問おうではないか。」

 アメリカ大統領は、ひとつの国の大統領だけでなく、その発言や
行動は、世界の将来を左右すると言っても過言ではありません。
しかし、現在の厳しい世界情勢では、改革も多くの困難を伴うと
思いますが、African Americanを誇りにがんばってほしいです。

テーマ : 香川
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(53)ソムリエ 田崎真也 と 彫刻家 流政之

先週の木曜日8日に、今年初めてのごみ拾いをしました。
意外と暖かく、風もほとんどなく、
冬としては、ごみ拾いには最高のコンディション(?)でしたが、
実は、路上にはほとんどごみが落ちてなく、
いつもは1時間くらいで、ごみ袋3枚がいっぱいになるのに、
その日は、1枚分がいっぱいになった程度。

 あとでわかったことですが、毎月第一木曜日は、
朝8時から30分間、中央通りの一斉清掃があるようで、
高松市役所や沿道の企業から有志が参加して行っているようです。
1ヶ月に1度はあるとは聞いていたのですが、
それが、第一木曜日だったのですね。
忘れていました。
道理できれいな歩道や植え込みでした。

 一斉清掃に参加した皆さん、お疲れ様でした。

●観光客から、「ありがとう・・・」など感謝の言葉を!
 10日の土曜日は、まち歩きのシンポジウムが
善通寺市にある重要文化財の「旧善通寺偕行社」で開催されました。

 この旧善通寺偕行社は、
日清戦争後の1896年(明治29年)
陸軍拡張ということで、当時の善通寺町に開設された
第11師団の将校たちによって、
明治36年5月10日に竣工されました。

 この竣工の年の10月13日に、
実は、東宮(後の大正天皇)が、行啓の休憩所として
使用されていますが、なんとこの行啓の機会に、
東宮は、栗林公園の掬月亭に、異例の4連泊をしているのです。
栗林公園が、世間に再度認知され、整備をされ、
その後明治末から大正にかけての
当時の教科書に、「日本に3名園あるが、栗林公園が木石の雅趣優れり」と
記述されたのも、この東宮の異例の4連泊が大きな起因となっています。

 もちろん、掬月亭は、宿泊所でも何でもありません。
皇族が、ましてや東宮が泊まられるのは異例の異例です。
当時、皇室関係者は、軍部施設か、地方の大規模旅館、地方公共団体が
管理なする宿泊施設などに泊まられるのが通常で、
栗林公園のような宿泊施設でもないようなところに泊まるのは、
施設面から言っても、また警護する管理面から言っても
ふさわしいものではなく、いったい誰の進言によってこのような場所に
泊まるようになったのかは、大きな謎となっています。
このことについては、現在いろいろ調べていますので、
またわかり次第、ご報告させていただきます。

 「旧善通寺偕行社」は、
木造平屋の建物で、長さは約42m、南側に庭があって、
建物と一体的な庭があります。
 
 「旧善通寺偕行社」は、戦後はアメリカ軍やオーストラリア軍の
社交場と使用されたこともありますが、昭和29年からは、
善通寺市役所、そして公民館などとして使用され、
最近は、善通寺市立郷土館として使用されていました。

 ちなみに、館内にあります「かふぇ 偕行社」のコーヒーは、
お店の雰囲気もあって、とってもおいしいし、
多くの方から最近よく耳にしています。
よろしければ、またお立ち寄りください。

 話はかなり脱線しましたが、
10日の土曜日に開催されたまち歩きのシンポジウムには、
県内のまち歩き関係者を中心に、約100人の方に集まっていただき、
ふるさとに対する熱き思いを語っていただきました。

 私も、現在ガイドさせてもらっていますが、
その楽しみが、新たな人との出会いの場であり、
異文化コミュニケーションとの出会いでもあると身をもって感じていますので、
まち歩きの方の地域に対する思いは、よくわかります。
中途半端ではなく、なるほどと感動させられることしばしばです。
さぬきの地域には、全国区の歴史上の人物も、いきなりその地域と
関係があったりして、眼からうろこが落ちることも珍しくありません。
さらには、このまち歩きの多くは、ツアーガイドの魅力も加わって
期待以上の体感ができますので、ぜひ、
この春から始まる「てくてくさぬき」の
まち歩きにもぜひご参加ください。
素敵なガイドさんたちとの出会いも皆さんにお勧めします。

 今年は、4月から、
ふるさと香川の素顔を見ていただき感動してもらう
まち歩きと伝統文化などを組み合わせておもてなしして
滞在型観光に結び付ける「てくてくさぬき」に
多くの県民が参加して、開催します。
 地域住民が、地域のよさを見直してまち歩きガイドを通じて、
大勢の皆さんに感動を与える「まち歩き」と
地域の方たちは、意外と気がついていませんが、
地域で伝統的に継続されて実施されている伝統文化イベントなどにも
実は大勢の観光客がバスツアーなどで訪れており、
根強い人気があるのです。
 香川町のひょうげ祭りや、豊浜や大野原、観音寺のちょうさ祭り、
小豆島の中山や肥土山の農村歌舞伎など、
県民の方よりも県外の方がそのよさを理解しており、
そういうような例は、出せばきりがありません。
なんとか一工夫二工夫して、滞在時間を少しでも長くして
1泊以上していただけるようなくシステムづくりを
構築しなければいけないと考えているのが、
この「てくてくさぬき」なのです。
まさに、「てくてくさぬき」は、地域住民を巻き込んだ、
県土全域を舞台にしたものです。

 「ワクワク模様とドキドキ模様、巡ってみれば新発見!
09(まあるく)香川まちめぐり」の
キャッチフレーズどおり、展開しますので、ご期待ください。
詳細が決まり次第は、今後どんどん情報発信していきますので、
皆さんもその都度、お知り合いの方への情報再発信、
よろしくお願いします。

 そして、肝心なことは、お金を支払っていただく観光客の皆様から、
「ありがとう・・・」など感謝の言葉を、少しでもいただけるような
おもてなしで観光客の皆様をお迎えできればということです。
そして、そのおもてなしを観光関連事業者だけではなく、
県民にも広げられればと思っています!

 普通は、お金を受け取った観光関連業者の方たちが、
「ありがとうございました!」というのですが、この場合は、
お金を支払っていただく観光客の皆様から、
「ありがとう・・・」など感謝の言葉をいただくことなのです。

 実は、このような思いで、職業に就いた方は、
38歳の時に世界ソムリエ大会で優勝しました田崎さんですが、
彼は、若い時に両親が離婚して苦労していた時に、
アルバイトの厨房で、自分自身が調理した得意のチャーハンを
お客様に提供したところ、会計時にそのお客様から
「とってもおいしいかった、ありがとう!」と言われたことに
大感動して、それがソムリエ社会に入るきっかけとなったことを
彼は自伝に記載しています。
世界にチャレンジでも、いつもこのことは頭から離れず、
現在ももっとも気にかけていることだと述べています。

 私の執務机の後ろの壁には、課の今年の目標のひとつにと
掲げさせていただきましたが、ぜひこの運動をできるだけ大勢の方に
理解していただき、実践を県下に広めたいと思っています。
皆さんもよろしくお願いします。


●竹橋麺通団
 モスクワからお便りいただきました。
ふるさと香川出身で、外国に住んでいる方で、世界に向けて
香川の情報発信をお願いしている香川アンバサダーのうちのお一人で
サハリン石油ガス開発(株)モスクワ事務所の松原様からです。

 松原様は、総合商社丸紅の出身ですが、
現在モスクワにおいて、香川の情報発信に努めていただいています。

 丸紅本社の場所が地下鉄の竹橋駅にあるので、うどんが大好きな
香川出身の社員で、「竹橋麺通団」を結成しています。
ということで、今月1月号のの社内報の特集記事が、
なんと「讃岐うどん」ということでした。
紙媒体ではなく、社内用のWEBサイトで見れるものですが、
松原様を含む、丸紅社内の香川出身の5名の方が記事を書かれています。
東京近辺の讃岐人が評価する「うまいうどんやさん」の紹介です。
ほんとうにうれしい話でした。


流政之展が開催されています!ぜひご覧ください・・・
 流 政之氏と言えば、
長崎県出身、1923年2月14日生まれ、今年で86歳の大彫刻家。
バレンタインディに生まれたのですが、
持ち前のダンディズムで、女性には大人気です。

 素材の石を探しに四国に渡り、
日本3大石産地の庵治に立ち寄ったのが、香川とのかかわりの最初です。

 1966年に香川の庵治にナガレスタジオを開設して、
はや43年目になります。

 かつて1967年、タイムズ紙に、
黒澤明、三島由紀夫、川端康成、丹下健三とともに、
日本を代表する5人のうちの一人ということで、取り上げられたことがあり、
また、NY世界貿易センタービルの広場にも
「雲の砦」(1975年製作、10m×4.3m×5m)がありましたが、
911事件で人命救助優先ということで、崩壊したビルの中で
崩れずに残ったにも関わらず、救助のための重機械搬入ということで
人為的に壊されてしまったという悲運の芸術家でもあります。
「テロにせよ、彫刻を壊すことの強い力があったとしても
 その彫刻をつくったものと。その彫刻に触れたものたちの歴史は
 消しさることはできないものなのである」という有名な言葉を
彼は残しています。

 また、彼の作品は、MOMA(NY近代美術館)にも
パーマネント作品として、いくつか買い上げられています。

 さらに、1963年には、ニューヨークの世界博で、
庵治の自身が作った「石匠塾」のスタッフを同行して
重さ600トンの石の壁画「ストーンクレージー」を
制作しています。

 香川県内至るところに彼の作品があります。
瀬戸内海の絶景が臨まれ、内臓を抉り取ったかのような
サキモリが海を哀しく見つめているナガレスタジオは言うに及ばず、
サンポート高松の「MATAKITENO:またきての」や
JR高松駅[DAITEMMAI:だいてんまい]、
瀬戸内海の絶好のロケーションが見渡せる五色台にあり、
香川のブランドイメージポスターにもなっている
「MATAKIMAI:またきまい」、
金沢21世紀美術館のもとになったと言われている
高松市美術館のフォワイエにある「流れバチ」は、
末広がりの彫刻ですが、影の彫刻の意味として、
黒タイツを身に着けた生命を産み出す女性の下半身とも、
流氏は説明しています。

 また、流氏は、海軍のゼロ戦パイロットとして、
特攻隊に志願したものの、
裏千家の前千宗室とともに、将来生き残って
新しい日本を作るために生き残らなければならないと、
特攻選抜から意思に反して外され、
千氏とともに、大空に散っていった同僚に対しての申し訳なさを
抱えて生きてきたのですが、
北海道で、2人が運命の再会をして、
流氏の彫刻の近くで、野点で、千の手前でお茶をいただいた
感激のニュースも耳に新しいことであります。

 これほどの流氏の作品を集めた大規模な展覧会は、
久しぶりですので、ぜひ大勢の皆さんのお出かけを期待します。

 11日の日曜日には、美術館1階で、
流政之トークショーが開催され、
多度津で活躍する彫刻家速水史朗氏との
「何しよんな高松」も開催されました。
講堂に入り切れないくらい大勢の方(約280人)が参加されており、
根強いファンの存在を実感しました。

 流氏が、彫刻の道に進んだきっかけになったのは、
1956年頃の北陸旅行だったと思われます。
亡き子供の供養のために、お地蔵様を立てていた母親にあったことです。
石のお地蔵様は、冬場に凍って首が折れてしまうということを聞いて、
それなら首の折れないしっかりした石のお地蔵様を作ってあげようと
思いたったのでした。
若いときの刀鍛冶の経験がそう思わさせたかもしれません。
そして、次第に石の魅力に取り付かれてしまったようです。

 素材の魅力をそのまま生かす手法であるワレハダも生まれました。
作品の形を決めるのは目ではなく手触りと言うのが、流氏の持論です。
サキモリシリーズや、女性の美を追求するピリカシリーズは、
流氏独特の造形です。
作品は、どうか展覧会でお楽しみください。
 
 トークショーは、にぎやかでした。
流氏、速水氏
お二人とも、80歳代で、とってもお元気です。
わざわざ流氏の出身地である長崎から来られた方もいました。

 トークショーのお2人のお話で興味深かったことだけ、
メモしておきます。

○明治・大正期の上野の森は、讃岐弁でにぎやかだった。
 戦前の東京美術学校には、香川からは著名な数多くの彫刻家を輩出。
 ロダンの晩年の助手をしていた藤川勇三
 高松市中央公園に置かれている菊池寛像や
 玉楮象谷像の作者である新田藤太郎(にった とうたろう)など
 精鋭の集まりだった。
 (ちなみに戦後は、美術系よりも音楽分野で素晴らしい人を
  香川は輩出しており、特にフルートでは他県の追随を許しておらず
  現在も、上野の山は讃岐弁でにぎやかとは私のコメント)

○石工を、石匠(せきしょう)に変えた。
 庵治の石工は、墓石を作っているために高松にきても、
 民家の玄関から中には入らせてもらえなかった。
 それではいけないということで、石工の地位をあげるために
 新たに「石匠」なる名前を産み出し、自ら石加工技術者を養成するために
 「石匠塾」を主宰。

○流氏コメント
 地方の用心棒でありたい

○牟礼や庵治の語感は、アイヌ語の響きである。

○石の魅力
 流氏:歳をとらない、人を裏切らない(だから墓石に)
 速水氏:石は優しい、土は一見やわらかく見えて実は冷たい
     土は、乾燥すると、縮んだり割れたりして扱いにくい

○さぬきの食文化
 両氏とも同じ意見
  さぬきうどんを安く売りすぎ
  いいものでおいしいものなのだから、もっと高く売っていけるような
  工夫が必要。(そばは、高く高く売り出している)

○その他
  若い人は、どんどん作品を具現化しなさい。
  作品を買ってあげることが何よりの応援・・・

 ともかくお元気なお二人でした。
流氏は、現在、瀬戸内寂聴さんの記念碑を制作中だと
伺っています。

 展覧会は、2月8日まで開催されています。
今回の展覧会では、日米の戦没パイロット追悼のために
作った作品のひとつである、木を素材にしました
「飛」も展示されています。
ぜひご覧ください。

竹内守善さんの切絵展が開催されています!
 サンポート高松の高層棟5階のeとぴあかがわでは、
1月22日まで、竹内守善切絵版画事始展が開催され、
県広報誌「かがわ」の表紙絵の展示や、切絵の作り方などが
紹介されています。

 切絵は、世界至るところにあり、日本でも奈良時代から
祭祀用に使用されていたとのことです。
また、特徴としては、どんな複雑な造形でも、
切り離された部分がないのです。

 色付けなどはパソコンでできるようになったとはいえ、
「かがわ」の表紙になると、スタッフとのテーマ決定から始まり、
現地取材などもあってたいへんです。
また、拡大版「かがわ」の表紙をよく見ると、
その時期のテーマに沿ったように、細かいところで、
制作者竹内さんの思い入れがたいへんよくわかります。

 せひとも、この機会に訪れていただき、
素晴らしい切絵を見ていただくといともに、
制作者竹内さんの熱い思いも、作品から感じ取っていただければ
幸いです。

 お勧めの切絵展です。

 あわせて、3階のかがわプラザにもお越しください。
特に南側のかがわ発見ゾーンは、掲示されてあるパネルをよく読めば、
香川のまだまだ知らないところが発見できます。
ただ、1回見ると、リーピーターを呼ぶには、厳しい内容です。
なんとか創意工夫をして、多くの人にきてもらわなければいけません。
一度またお立ち寄りください。
よろしくお願いします。

テーマ : 香川
ジャンル : 地域情報

(52)平凡な年でありますように!

 新年、明けましておめでとうございます。
 大晦日の深夜の空は、空気も澄みきって、
星たちが神々しく輝き、それはきれいでした。
また、元旦のご来光も素晴らしく、新しい年の幕開けにふさわしく
晴れやかでした。

 今年も皆様にとって、輝く1年・・・、
いやそうではなく、平凡な1年でありますように
心から願っています。
平凡が一番です・・・!

 拙い内容ですが、少しでもお役に立てればとがんばって
今年も情報発信させていただきますので、
読まれて何か思うことありましたら、
どんどんリプライメールいただければ感謝です。
無論、読んでいただけるだけで感謝です。
よろしくお願いします。

●「年明けうどん」スタート
 今年は、善通寺の年明けうどんから、1年がスタートしました。
31日の大晦日に善通寺にお参りしました。

 今年は、穏やかで、
どちらかと言えば暖かな大晦日から新年への年明けでしたが、
善通寺の境内に、新年初めてのお参りで、本堂に参詣するために
列をなす人のあまりの多さに驚いてしまいました。
 まるで早朝の通勤通学時のラッシュアワーのような混雑ぶりで、
本堂に向かう通路は、身動きもとれないくらいでした。
若いカップルやグループの人も多く見られ、
お寺の話によると、年初めのイベントとして深夜の参拝も定着化し、
年毎に人数も増加傾向にあるとのことでした。
ともかく本当にすごく、人、人、人の混雑ぶりでした。

 昨年の秋頃から吹き始めた不況の風もあって、今年もかなりの混雑が
予想されますというお話でしたが、
お参りに来られている方々の表情は、私が見る限りでは明るく、
境内は、笑顔で溢れていました。

 年明けうどんもおかげ様で評判がよく、
大勢の方が並んでくれました。
当日は、NHKの恒例年末年始番組「ゆく年来る年」において、
生中継でオンエアもされました。
放送は2分30秒と、全国でも一番中継時間が長く、
さらに一方的な中継ではなく、善通寺と東京との掛け合いもあって、
うまく全国に情報発信できたと思っています。
NHKスタッフの皆様には、年末の慌しい中、
事前の準備に相当な時間を割いていただき、感謝しています。

 また、当日は、エリアの民放の放送局もほとんど取材に来ていただき、
1日には、たくさんオンエアしていただき、
年明けうどん」のイベントとしては、最高の状況でのスタートとなりました。
ほんとうにありがとうございました。

 1日10時からの栗林公園での、年明けうどんのプレゼントにも、
恒例になっています2日の餡餅雑煮をはるかに上回る人が並んでいただき、
ありがとうございました。

 香川県は、昨年、旅行雑誌「じゃらん」の調査した
そこに行けばおいしいものが食べられる都道府県別ランキングで
見事全国1位になりましたが、その原動力はやはり「さぬきうどん」。
ことしも、さぬきうどんは始め、骨付き鳥、和三盆、
瀬戸の地魚や魚介類、キウイやイチゴ、桃などのフルーツ、ワイン、
寒鮒のてっぱい、しょうゆ豆など、全国区のものから、
その土地でなければ味わえないはB級グルメ
(よく間違うのが、味が落ちるからA級ではなくB級というのでは
 ありませんので、ご注意ください。)
と盛りだくさんです。
 今年もたくさん情報発信させていただきますので、
まだ味わったことのない人は
今年こそ、お楽しみください。

 年明けうどんは、1月15日までのイベントです。
詳細は、下記のURLにアクセスしてください。

  http://www.toshiakeudon.jp/

●いつ転落するかもしれない危うい現実、だからこそ・・・
 穏やかな年末年始を迎えているとは言っても、
世界では、中東でのイスラエルやガザ地区での抗戦状態が続き、
不穏な年の幕開けを予感させるに十分。
かつては、大国や同盟国からの仲裁も功を奏していましたが、
今では、それもままならず。
フランスのサルコジ大統領の仲裁案も一蹴されてしまいました。
多くの市民が犠牲となる中東の現状は、
餡餅雑煮をのんびりと食べていていいものかと
ふと思ってしまいます。

 また、年末年始のニュースは、東京日比谷公園に、解雇された
非正規職員やホームレスが、食べ物と暖と寝るところを求めて
列を成している様子を断続的にオンエア。
この冬空に住まいを失った人たちはどうするのだろうという思いも
厚生労働省の講堂を開放するということで、
日比谷公園の臨時救済所での対応オーバー分は、
何とか救われましたが、
しかし5日以降はどうするのだろうという不安は残ります。

 しかし、それを傍らに、一方では、各地のデパートで毎年恒例に
年始に繰り広げられる、その何十倍もの、福袋を買い求める長蛇の行列。
売り上げは、各店とも過去最高というから、不可思議。
各家庭には、これでもかと言うくらいにモノが溢れているにも
関わらず、さらに福袋を買い求める大勢の人の列は
いったい何を物語るのでしょうか・・・。

 日比谷公園も、福袋の列も、いずれも現代日本の現実。

 しかし、怖いのは、この国日本には、セーフティネットが
十分ありそうで、しかし十分ないことなのです。
今日は福袋を買い求める人であっても、
明日は、日比谷公園の列に並ばなければいけないかもしれない・・・
そんなバカなと思いでしょうが、
実は、明日はわが身なのです。

 一見私たちの生活は、平和に見えていますが、
たとえば、ひとたび家族の大黒柱や誰かが事故や病気で
倒れると、たちどころに傾き、
その状態が数年続けば、一家離散の憂き目。
この危うさは、どの家庭だってあるはず。
病気もいつ発病するか誰にもわからず、
増してや、天変地異や災害、事故などで
被害者になる確率は、誰にでも高く存在しています。
 
 年末には、広島県三原市で、家庭菜園をしていた家族に
車が飛び込み、両親と妹を一瞬で亡くして独りぼっちになった
10歳の女の子、
元旦には、富山県南砺市での深夜の火事で
10人の家族のうち6人が焼死してしまったという
何とも痛ましい事件。
私たちの周りには、こんな災害、災いのもとが
至るところに転がっています。
わが身とは関係ないと誰が言い切れるでしょうか!

 誰もが安心して暮らせる社会。
そのためにも、たとえば
福袋を買う余裕があれば、
そのお金を、日比谷公園に集まる困った方への寄付金に
まわせないものか・・・
そのような共助の思想、世界こそが、
安心安全の生活を保障するものだと思います。

 それでも日本は飽食、世界から見ればうらやましい国です。
今日の食べ物がなくて、いや1週間以上も何も食べてなくて
餓死する人の多さは異常です。
毎日、10万人近くの人が餓死しているという調査報告も出ています。
お金がなくて、病院にも通えず、死んでいく人の多さは、
私たちの想像をはるかに超えています。

 しかし、それ以上に困るのは、
これからは、お金を出してもモノが買えない恐れのある時代に
突入するかもしれないという恐怖。
とにかく、モノがないのです。

 たとえば、水。
多くの書物が警告しているなかで、絶対的に不足するのが「水」。
この少雨現象は、既に世界のいたるところで出てきています。

 これかからは不便さを甘受する時代。
不便と感じる生活を人々が続けない限り、
明日の未来はないと思います。

 資源は有限。これは絶対的な事実です。
如何にうまく使うかです。
これでないと時代を乗り越えられません。

 不便さの甘受、これがこれからの大きな時代の
キーワードだと思います。
便利さは、結局は自然に大きく理不尽な負荷を与えています。
無理をするから便利さが生まれてきています。
たくさんの資源を消費するから便利になるのです。
しかし、そのための自然への負荷は計り知れないものがあり、
環境破壊という言葉で現実化しています。
かつての文明はすべてが環境異変で破壊されてきています。

 私たちが過去を歴史を学ぶというのは、
過去の素晴らしい英知に触れることも大切なことですが、
それ以上に、過去の人類の愚かさを学ぶことの方が重要です。
どうしたからこそ、破滅したのか、
ここを学ぶことこそ、歴史を学ぶということの原点だと思います。

 強いだけでは生き残れないというのが時代の教え。
変化に対応できるものこそが生き残ってきたというのが
歴史の教え。
変化に対応できるとは、これからは、不便さを甘受することだと
確信しています。

 少しでも自分なりに不便さを甘受する生活。
今年はこれに少しでもチャレンジしてみませんか!

 平凡こそ幸せです。
でも、平凡な生活が成り立つのも、それを支えている大勢の方が
いるからこそのこと。
表面は平凡であっても、それを支える裏方に回れば
多くの方の努力で成り立っている社会。
私たちの生活は多くの人の力で支えられています。
それを忘れてはいけないと思います。

 かつて女優の工藤由貴さんが、
これからは自給自足でのんびりと暮らしたいと
田舎暮らしを始めましたが、彼女の感想、
自給自足ほど忙しいことはない、
何から何まですべて自分でしなければならず、
ぜんぜんのんびりできず、これほどたいへんだと思わなかったなどと
テレビで感想を述べていたことを思い出しましたが、
彼女の言っていることは本当だと思います。

 私たちの生活を支えてくれている多くの人に感謝。
そして、感謝の気持ちも、不便さを甘受する生活に加えてみませんか!

テーマ : 香川
ジャンル : 地域情報

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