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(76)こんなこともある 高松の夜 !

 二十四節気では、
6月21日の夏至を過ぎました。
暑さが続いています。

 また、七十二候では、
夏至の次候の菖蒲華(あやめの花が咲く)から、
末候の半夏生(烏柄杓が生える)への移りの候です。

 梅雨に入っていますが、雨が降ってくれません。
待ち遠しい一雨です。
わがまま言いますが、集中豪雨となることなく、降ってほしいものです。

 夏の夜空が今、素敵です。
仕事などで帰宅が遅くなっても、慌しかった一日の疲れも、
星空を眺めれば、輝く月に魅せられれば、
いっぺんに吹っ飛んでしまうくらいの美しさです。
「生きてるな!」という実感を持つこともあります。
 人々が寝静まる夜のしじまのなか、
夜空を見ながらの帰宅は、何か得をしたような気分になります。
ほとんどの家で、エアコン完備で、夏は窓を閉め切っています。
もう改めて日常生活の中で、星や月を見ることはなくなっているかも
しれません。自然からまた少し遠くなっている感が、大いにあります。

 今、東(東南)の空に一際輝いている星は、木星です。
これは実に驚くべき明るさです。改めて太陽のすごさ、感嘆です。
西(西北西)の空には、土星が輝いています。
これも木星に負けじと明るいです。
そして、月探査衛星「かぐや」がその使命を終え眠る月。
たまには、夏の夜空をご覧ください。
南十字星は見えなくても、白鳥座の北十字星ははっきり見えますよ。

 7月22日は、南西諸島では皆既日食が見られ、
今世紀最長の6分44秒。
皆既日食がすごいのは、月の縁から太陽の光が
あふれ出すダイヤモンドリングが神秘的で、迫力あることですが、
意外と知られていないのが、
本来はこの時期には見えないオリオン座のような
冬の星座が見えることなんですね。
ぜひ、お楽しみくださいといいたいのですが、
あいにく皆既日食ツアーはもういっぱいなんですね。

 ところで、栗林公園ミシュラン三ツ星記念ということで、
民間菓子製造業者とタイアップして、新スイーツの開発を
先日来からお話していましたが、
皆さん、実は、北極星ポラリス)が3つある=三連星と
いうことをご存知でした?

 古代から、肉眼で確認しやすい星の中で、もっとも天の北極に
近い星を北極星をしており、不動でなくても、私たちの寿命と比較すれば、
動いていても動いていないのも同然
(数千年単位で動くと言われています)と
評価できるものであれば、
不動と扱えるということで、それを北極星にしてきました。

 だから、北極星は、時代によって変わります。
たとえば、紀元前は、北極星は、こぐま座のβ星でした。
そして、現在は、こぐま座α星でポラリスと呼んでいます。
このポラリスが、北極星として認識されだしたのは、
16世紀の大航海時代になってからのことだと言われています。
当初、ポラリスは、一つだと思われていましたが、
1780年には、実は、ポラリスは、ポラリスAとポラリスBの
実視連星であることが判明しています。
さらには、ハッブル宇宙望遠鏡による1929年の分光観測によって、
ポラリスAは、2つの星の組み合わせであること、
そして、実際に3つの星の撮影に成功したのでした。

 ポラリスといえば、大ヒット韓流テレビドラマ「冬のソナタ」
迷っているユジンに、ミニョン(ジュンサン)は、
自分が、きみのプラリスになってあげるから、もう迷うことはないよと
ささやくあのポラリスです。
でも、ドラマに出てくるポラリスをかたどったネックレス、
これは星がなぜか4つでした。
もしかしたら、4つめの星も新発見されるかもしれません。(笑い)

 ○ポラリス ネックレス
  http://www.jewel-k.com/sv/11fuyuno_sonata/11fuyuno_sonata.htm

 日本でも民間伝承はあります。
ポラリスが動くと言う伝承です。

 江戸時代、北前船の親方「桑名屋徳蔵」の妻は、
毎日機織りしながら、時々夫を思っては、北の窓から
北極星をみていたのですが、
北極星が窓の格子に隠れることがあるので、北極星は動くのでは思い、
観察して、動くことを立証した民間伝承もあるくらいです。
夫を一途に思う妻の気持ちには、言う言葉もありません。
恐れ入りました。

 北極星が動く、北極星は一つの特定の星で固定されてきたのではない、
そして、不動の北極星はないなど、
意外な人、目からうろこが落ちた方、
おられたのではありませんか?

 私の天文学の師匠も驚いていました。(笑い)

●こんなこともある、高松の夜
 週末の商店街を深夜に歩いていると、
ふらふら頼りなくキャリーカートを押している
お年寄りに出会います。
毎週のことですから、もう慣れてしまいましたが、
数は、1年前に比較し、若干増えているような気がします。

 初めて気がついたのが、もう1年前ですが、最初はびっくりしました。
初めてそのおばあちゃんに出会った時は、
そのおばあちゃん、足元がふらつき、キャリーカートがあってどうにか
前に進めているような状態で、
思わず「大丈夫ですか?」と声をかけましたが、
何も答えてくれませんでした。
周りには、深夜と言えどもまだ大勢の酔客がいましたから、
何かあっても大丈夫だろうと勝手に思い込んで、家路を急ぎましたが、
どうも、さっきのお年寄りのことが気になって仕方ありませんでした。

 そして、確か4、5日して、また深夜にそのおばあちゃんに出会いました。
足元はやはりキャリーカートに頼らないと厳しそうでしたが、
先日よりかは幾分しっかりしていました。
しばらく見ていたのですが、あまりにふらふらしているので、
思わず近寄って、「大丈夫ですか?」と声かけしましたが、
返事はありませんでした。
仕方ないので、距離を置いて様子を見ていました。
「もしかしたら、アルツハイマーの徘徊?」などとも
思いましたが・・・。
 よく新聞記事で、車が高齢者にぶつかって死亡するという事故を
読みます。ところが、よく読むと、
事故現場と高齢者の住所があまりにも離れていることもあって、
いったいどうしてこんな自宅から遠いところで事故に?と
不思議に思っていた時期もありましたが、実は、
それは、そのお年寄りが長時間徘徊してきた結果、
事故にあったというケースも
多いと言うので、驚いたことを思い出しました。

 ちょうど、信号機のところで、そのおばあちゃんは止まったので、
かばんの中に、封の切っていないお菓子のあることを思い出し、
「これ、よかったら食べますか?昼間、職場でもらったものですが・・・」

 これがよかったのか、そのおばあちゃん、
「すまんな!」と言って、そのお菓子を受け取ってくれたのです。
(しゃべれるんだ、いや、わっかとるやないか、しっかりしてる、
痴呆でもないんだ、よかった!・・・)などと、いろんなことを考えて、
しかし、次の言葉が出なくて、信号機が青に変わっても
そこを動けず、おかしな結果になってしまって、
これは困ったと思っていたところ、そのおばあちゃんから、
「はよ、家帰らないかんで!みんな、待っとる!」

 「そうやな!でも、おばあちゃんかて、はや帰らんと、
家族心配するで」というと、
「わしは一人暮らしだからいいんだ」と急に下向きになって・・・。
「家で居ても寝られせん、外に出てきて、この乳母(車)押すくらいしか、
することない、それにあまり互いに話さんけど、年寄りうろうろしとる」

 そういえば、3人ほど近くに同じようにキャリーカートを押している
年寄りがいたのでした。全然今まで気がつかなかったです。
このおばあちゃんばっかりと思っていたのに・・・。

 そうか、この人たちは、みんな一人暮らしで、きっと近くに住んで
いるのだなと・・・。

 信号がふたたび青に変わって、
「そやけど、おばあちゃん、はよ家帰りや。危ないで」
「ほんだら、僕もう帰るから、おやすみ・・」
 背後から、2、3秒して、ぼっそり「ありがとよ!」の声。
思わず振り返りましたが、おばあちゃん、反対向きに行こうとして、
カートを大きく回し始めていました。
しばらくその様子を見ていましたが、信号が点滅しだしたので、
とにかく信号を渡りきって、振り返ったところ、
もう背中を向けて、向こうに歩き出していました。
その背中に「はよ、帰りや!」と言おうとしましたが、
一人暮らしの身、何時帰っても誰も心配せず、
それなら何時帰ろうと同じ、
その寂しさ、改めて考えました。

 商店街は、その夜もいつものように酔客でにぎわっていました。
女子大生らしき若い女性が、何がおかしいのか騒いで大声で
笑っています。中年の男性も、5、6人が楽しそうに
話ながら通り過ぎていきます。だれもが楽しそうな様子です。
でもよく見ると、その中に、寂しそうなお年寄りが数人、
皆キャリーカートを押してとぼとぼ歩いていたり、
キャリーカートに腰かけて
休憩したりしています。
全然気にも留めていなかったこのお年寄りたち。
みんなおそらく一人暮らしなのだろう。
かといって、彼らがお互い話しをしている様子はありません。

 世の中には何があるかもしれません。
ふと、僕も何年後かには、このお年寄りの仲間入りするのだろうかと
考えました。
そうはなりたくないけど、そうならないとは誰も断言できません。

 そして、先週金曜日夜遅く、兵庫町商店街のベンチに、
キャリーカートを横に立てかけて、座っているおじいちゃんをみつけ、
声をかけました。
「すみません、お話いいですか?」
そのおじいちゃん、驚いてこっちを見ましたが、
「お一人ですか?」と続けて伺うと、
「一人!」と答えてくれました。
 「夜、家に居てはなかなか眠れないのですか?もしかして、
  ひとり暮らしで、この近くにお住まいですか?」
「よう、わかっとるな。」などと話は続きました。

 しばらくお話しましたが、
最後に言われたことが一番印象に残っています。
「一人暮らしは慣れとるんじゃが、時々寂しくなって夜中にここにくる。
 別に誰と話をするわけでもないが、なぜか落ち着く。
 でもなぁ。元気が一番。何やかやとあるが、元気だからこそ、
 こうやって自分が思うように外にでるなど動ける。
 これが一番。幸せと言うもんだ!感謝せんと罰あたる・・」
 
 含蓄ある言葉と思いませんか!

 奇しくも、6月23日は、「沖縄慰霊の日」
昭和20年6月23日、
20万人以上の死者をだした沖縄戦が終結した日です。
沖縄では、公休日です。正午には黙祷のサイレンを流しましたが、
私たちは何か思ったでしょうか?
平和ボケしないようにしないといけません。
生きて元気で暮らせることが幸せです。
その平和も尊い何人もの命の犠牲のうえに築かれているものなのです。
平和に改めて感謝しましょう。

●「てくてくさぬき」いよいよ夏バージョンに突入
 先日は、粟島のウミホタル、地元新聞も大きく取り上げ、
ほんとうによかったです。

 おまたせ、恐竜フィギュア展も始まります。
詳細は、次号でさせていただきますが、
まずは、下記のウエブサイトをご覧ください。

 ○てくてくさぬき 夏バージョン
  香川は異国  時を忘れる国

   http://www.tekuteku-sanuki.jp/
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(75)卑弥呼が讃岐で大活躍 !

 二十四節気では、
6月21日の夏至を過ぎました。
暑いはずです。
 夏至は、北半球において、1年で一番昼が長く、夜が短い日ですが、
実は、一番早い日の出の日ではなく、
一番遅い日の入りの日でもないのです。

 また、七十二候では、
夏至の初候の乃東枯(夏枯草が枯れる)から、
夏至の次候の菖蒲華(あやめの花が咲く)への移りの候です。

 梅雨に入っていますが、雨が降ってくれません。
待ち遠しい雨です。
わがまま言いますが、集中豪雨となることなく、降ってほしいものです。
 今年は旧暦では閏年。
1年は、13ヶ月あります。閏5月があり、したがって、
夏は、4ヶ月もあります。暑いはずです。
一雨ほしいです。

宇多津について
 先週、依頼を受け、宇多津で、異業種交流会でお話させて
いただきました。
県下一円から、企業のトップや行政、県議など
約70名の方が参加され、にぎやかなひとときとなりました。

 会場の聖通寺山の常磐公園内にある、サンアンジェリーナには、
夜は何度か訪れたことがありますが、昼間はほぼ10年ぶりくらいで、
しかし、その眺望のよさに改めて驚き感動しました。
瀬戸大橋が手に取れるように目の前に雄大に広がっています。

 また、かつては我が国最大級の塩の町であり、
現在は、香川で一番狭い町ながら、
人口密度、増加率ともに、県下NO1である
元気な宇多津の町並みがミニチュアのように見えます。

 高さがわずか117メートルの小山からですが、
北は、瀬戸内海がほぼ180度にわたって見下ろせ、
多島美の素晴らしさ、体感できます。
また、南には、さぬき山の代表格であり、7讃岐富士のひとつである
飯野山が、まじかに迫り、その稜線の美しさに圧倒されます。

 しばらく出かけたことのない方は、ぜひともお出かけください。
素晴らしい眺望が広がっています。
わずか117メートルからの眺望、しかし侮ることなかれです。

 宇多津は、古くは鵜足津とも言われていた土地で、
風水からみても、背山臨水の絶好の地だと言われ、
足利尊氏が、南北朝時代の多くの犠牲者を慰霊するため、
夢窓国師(礎石)の全国一寺一塔建立の勧めで、
全国66箇所に安国寺と利生塔を置いたのですが、
そのうちのひとつを宇多津に建立したと言われています。

 ご存知室町幕府の管領職であった細川頼之が、14世紀中頃、
3代将軍義満の命を受け、地元豪族を滅ぼし、
平定し、城を構え、讃岐の守護所として、栄えた土地です。

 また、1587年の生駒の治世から
1642年松平頼重公の治世に移った時も、
高松藩12万石は、実は、土器川の上流からみて右側の右岸までを
領地として認められ、したがって、宇多津の地には、
高松藩の米倉が多くあって、そこから船に乗せて
積み出していたことがわかっています。

 このように、宇多津は歴史的にも、重要な場所を占めていますが、
最近は、まちおこしも、宇多津の目玉になろうということでネーミングされた
「うたたまの会」に代表される
地元若者の有志を中心に、活発に行われていています。
また、谷川町長を先頭に、行政の支援も活発化しており、
古代赤米を利用した日本酒「リセノワール」や、
大阪のイーグル製菓と提携して開発した宇多津の塩100%の
半生キャラメル「塩キャラメル」など、新たな特産品として、売り出し
好評を博していますので、この機会に一度お買い求めください。
リセノワールは、既に我が家では、7本ほど消費していますし、
塩キャラメルは、講演のお礼ということでいただき、
職員におすそ分けし、好評でした。

  ○リセノワール
   http://nasuarrows.blog15.fc2.com/blog-entry-62.html

   http://www.ricepowershop.jp/riceenoir/

  ○塩キャラメル
   http://www.crft.ne.jp/shio/syouhin.htm

 講演の中でもお話しましたが、
どの地域にもほんとうにいいものがありますが、
意外と地域住民は気づいていません。ほとんど見えていません。

 観光も、
外観は団体旅行から、個人グループ旅行と変わってきていますが、
本質的に感動したいということで言えば、何も変わっていません。
感動は、何も老舗観光地にしかないものではありません。
地域の路地裏にだって、地域の人の気持ちの中にだって
あるはずです。
観光は、単なる享楽だけでなく、その土地の歴史、自然、人々など
まるごと実体験するという
「ものがたり観光」と言ってもかまわないくらいです。

 要は如何にしてそれらを見つけて磨き、うまく伝えられるかです。
現在、県下で行われています「てくてくさぬき」は、
そういう流れを汲んだものです。
むしろ、今年は、大勢の県民にも参加していただき、香川の宝ものに
触れてほしいのです。そして、そんなこと知らなかった、
そんな宝ものが身近かにあったのかなどと感動していただきたいし、
できれば自らがスポークスマンとなって、情報発信してほしいものです。

 まちを元気にするのは、そこに住んでいる人たちであり、
住民の地域に対する誇りや熱い思いがないと、元気になりません。
中には、例外的によそ者がまちおこしに取り組んで成功している例も
ありますが、あくまで例外です。
地元の人が、歳に関係なく、瑞々しい若者の気持ちを持って、
馬鹿者と言われるような溢れる熱い思いで、
よそものの視点で、町を元気にしていかなければいけません。
要は自分たちのことを自分たちがすること。
だからしていて、楽しめなければいけません。
楽しめないと継続出来ません。
そして、それは、誰のためでもなく、自分自身のために行う
ことなのです。

 最後まで、皆さん、熱心に私の話を聞いていただき、感謝です。
ありがとうございました。
そして私こそ、こういう機会をいただき、元気いただきました。、

卑弥呼は、田村神社(高松市一宮町)の祭神のひとり!
 先頃、古代史をにぎやかにした事件がありました。
ご存知、邪馬台国と言えば、歴史があまり好きでない人も興味を抱く
話題ですが、しかし、現在では、
もう畿内説に軍配が挙がったかなと思われるほど、
畿内説が大勢を占めているようですが、
実は、九州説、畿内説、まだいずれも確定したわけではなく、
今だに、邪馬台国が当時いったいどこにあったのかが
古代史の最大の謎であると言っても過言ではなく、
多くの素人考古学者も巻き込んで、
話題になる度に強い関心を集めています。

 邪馬台国は、個人的にもたいへん関心のある話題で、
1970年代の前半から少しずつ発掘されて出土していた
佐賀県の吉野ヶ里遺跡が、本格的な環濠集落と判明した後の
九州説支持者の喜びは、おそらく想像を超えるものだと思います。
私も吉野ヶ里遺跡を訪れましたが、のどかな田園風景の中に
環濠集落が突如出現、空に突き出し一際目立つ高層の
物見櫓に圧倒されたことを、今でも懐かしく思い出します。

 畿内説の有力候補地は、奈良県桜井市の
纒向(まきむく)遺跡ですが、
このたび国立歴史民俗博物館の研究グループが、
早稲田大学で開催した日本考古学協会の総会で、
「放射性炭素年代測定法」によって、その大部分の古墳が、
3世紀前半の築造であるとする見解を発表しました。

 邪馬台国の所在地の記述については、
中国の古書「魏志倭人伝」に見られます。
正確には、邪馬台国ではなく、「邪馬壹国」と記述されています。
卑弥呼までは、男性の王が治世していましたが、戦乱が相次ぎ、
それを止めるために、女性である卑弥呼が2世紀後半に擁立され、
239年に中国に朝貢するなど、
3世紀前半を中心に栄えたとされています。
 
 卑弥呼がいつ亡くなった(殺された)のかは
具体的な記載がありませんが、
現在では、248年頃に死亡というのが通説のようです。

 今回の「放射性炭素年代測定法」は、出土した炭化物の
残存炭素量を測定した結果ですが、
それを総合的に判断して、およそ西暦250年頃の築造と推定しました。

 そして、纒向遺跡古墳群の中でも、卑弥呼の墓と推察されているのが、
箸墓(はしはか)古墳です。
箸墓古墳は、巨大な前方後円墳で、卑弥呼の墓という説があります。

 日本書記によると、この箸墓古墳は、実は、
百襲姫(モモソヒメ)、
(倭迹迹日百襲姫(ヤマトトトヒモモソヒメ)とも言う))の墓として、
紹介されています。
百襲姫は、第7代孝霊天皇の皇女であり、
大和朝廷の初代崇神天皇のそばに使える巫女のような存在であつたと
同書には描かれています。
そして、後に
三輪の大国主命(おおくにぬしのみこと)と結婚します。

 三輪の大国主命は、大物主神ともいいますが、
彼は、百襲姫を訪れるのですが、それはいつも昼間ではなく、
夜にだけきて、けっして姿を見せません。
ある夜、どうしても話を聞きたくて、百襲姫が、
「ぜひ姿をお見せください、あなたの姿が見たいのです」と懇願し、
「絶対に驚かないと約束できるなら、明日の朝、櫛箱を開けて
みなさい」と夫である大国主命が言ったので、
翌日、実際に、百襲姫が箱を開けると、
そこにはなんと、大国主命ではなく、白い大蛇がいたのでした。
当然、百襲姫は驚きましたが、驚かないと約束したのに、
大いに驚き悲鳴まで挙げ泣いたので、
大国主命は自分に恥じをかかせたと怒り、
三輪山へ逃げ込んでしまいました。

 大国主命は、実は、三輪山の蛇神だったのでした。
 残された百襲姫は、約束を守らなかったわが身を恥じ、
悩み、絶望のあまり、
自らの陰処(ほと)を箸でついて、果ててしまいました。
箸墓古墳の「箸墓」の由来は、実はここにあったのです。

 百襲姫が、実は、中国の「魏志倭人伝」にでてくる卑弥呼と
同一人物ではないかという説は、
上述した魏志倭人伝などの文献によると、
卑弥呼の死んだ時期(248年)と、
箸墓古墳がが作られた古墳時代のはじめというのが、
近年では同時期と見られていること、
記述されている卑弥呼の墓の大きさと
箸墓の後円部分の大きさ(約160㍍)がほぼ符号すること、
そして、シャーマニズム的な性格が共通するなどの点から、
よく言われている説です。

 そして、このたび報道された「放射性炭素年代測定法」の結果が
より、卑弥呼説を裏付ける根拠になったのでした。
今後の展開がとても楽しみです。

 ところで、讃岐一宮=田村神社の5祭神のうちの一人が、
実は、この百襲姫であり、
もしかしたら、卑弥呼を祭っている可能性があります。

 百襲姫は、上述しましたように、第7代孝霊天皇の皇女ですが、
幼女のときから、神のお告げを受け、占いなどに長けていたようですが、
8歳の時、父親や兄弟とともに手分けして、西海鎮定のために旅にでて、
百襲姫は、讃岐に来られ、引田に上陸、
水のおいしいところということで、
現在の水主神社あたりで、居を構えました。
大内というのは、内裏(だいり)の名残りとも伝えられています。
水主では、20歳までの12年間を過ごしたと言われています。
この間、多くのため池を作らせ、
おいしい米作りに寄与したと言われています。
元祖ため池づくりと言ってもいいと思います。

 その後、西進し、現在の高松市の田村神社(創建709年)
あたりで落ち着き、5年ほどして、朝廷に帰りました。

 ちなみに、百襲姫の弟は、例の桃太郎伝説の桃太郎であった、
吉備津彦命(きびつひこのみこと)と
稚武彦命(わかたけひこのみこと)です。
いずれも孝零天皇の子供たちです。

 参考ですが、
神話(古事記)では、麦は米とともに重宝されてきました。
須佐之男命(すさのおのみこと)に殺された
食べ物の神さまである大気津比売(おおげつひめ)の神の亡骸から
蚕や5種の穀物が生まれたと言われ、
陰処(ほと)に生えたのが麦だと言われています。


●全国唯一、日本3大昔ばなしが伝わる県、香川!
①かぐや姫伝説
 ・ももそ姫=かぐや姫説、
 ・長尾に伝わる竹取伝説などかぐや姫にまつわる伝説数多し。

②桃太郎伝説
  岡山県総社市吉備津彦神社に由来する桃太郎伝説  
  ただ、香川には、鬼が島(女木島)、鬼無、鬼無雉ガ谷(雉)、百襲姫、
  綾川町猿王(猿)、そして岡山にも、県境の犬島(犬)などの
  関連地名茂多く残っています。
  さらに、田村神社には桃太郎の姉と言われており、百襲姫が
  祭られています。
 ・百襲姫の弟 吉備津彦命(きびつひこのみこと) 
 ・2世紀後半 吉備中山と瀬戸内海の鬼(海賊)退治
 ・家来
   犬:犬島出身の水軍
   猿:猿王(綾川町陶)出身の火を操る焼き物師の一族
   雉:雉ヶ谷(高松市鬼無町)出身の弓の名手

③浦島太郎伝説
  現在、地名までその物語を語る浦島伝説は日本では、
 2箇所で県内にある。

1 荘内半島
    浦島太郎伝説
     猟師の与作その女房「おしも」の子供である太郎
     地名 紫雲出山、箱、不老の浜(ふろま)、上天(昇天)など

2 豊島・男木島・女木島など
    ・男木島に伝わる 山幸彦と豊玉姫命


 この3にまつわる数字で出来事は、香川には意外と多く、
たとえば、
 ○日本3大狸 
  屋島の太三郎狸、佐渡の団三郎狸、淡路島の芝右衛門狸だが、
  屋島の太三郎狸は総元締め

 ○3大五重塔
 ・本山寺
 ・善通寺
 ・志度寺

 ●お知らせ
  四国観光立県推進協議会と京浜急行電鉄(株)の共同で、
6月15日(月)から、8月15日(土)まで
「四国アイランドギャラリー号」
(京急の電車1編成を四国のポスターでジャック)が
運転されています。

 四国の城をポスターにして貼付したり、
四国4件の代表的なおいしい食べ物を紹介したりしています。

 期間中の6/18(木)~24(水)に、
京急百貨店(横浜市上大岡)で、四国・瀬戸内の物産展が開催されます。

 これにあわせて、6月20日(土)、21日(日)に、
京急上大岡駅前コンコースに、四国の観光コーナーを出展し、
観光パンフレットの配布やポスターの掲示等を行いました。

 当初は京急から高知県にというお話だったので高知県中心に
なっていましたが、
最終的には四国で観光コーナーを出展させてもらうことになりました。
物産展の業者は、京急百貨店から直接声をかけて出店するもので
香川県からは、以下の品目で3店が出店しています。

 ポスターも四国の代表的な食や、意外と人気ですが、
最近特に歴女のおかげで、四国のお城がクローズアップされています。
全国で木造天守閣が12ある中で、なんと四国には、
丸亀城、松山城、高知城、宇和島城の4城もあります。


  ・骨付き阿波尾鶏【一鶴】
  ・さぬき生うどん【本格手打ちもり家】
  ・さぬき和三宝糖【ばいこう堂】

 (この情報は、四国4県の広域観光促進組織であり、4県のほか、
JR四国で構成されており、現在7月末を目処に実質的に官民一体の
組織として生まれ変わろうとしている四国観光立県推進協議会や、
香川県東京事務所企業誘致・観光課の吉井様から
情報をいただきました。)

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(74)秘話 源平合戦と那須与一 !

 二十四節気では、
まもなく、6月21日の夏至を迎えます。
今年は、年明けうどんで新年が明けたと思ったら、
もう夏至なのですね。
齢(よわい)を重ねれば、
歳をとるスピードも早くなると誰かが言っていましたが、
個人的には、とても実感しています。

 七十二候では、
芒種の末候の梅子黄(梅の実が黄ばんで熟す)から、
夏至の初候の乃東枯(夏枯草が枯れる)への移りの候です。

 先週の屋島のヒメボタル乱舞のお知らせ。
「見に行ったよ、すごかった!早起きの甲斐があった。」などメール、
何通かいただいています。
「このような情報、どこで手に入れるのですか?」との問い合わせですが、
動き回っていると、結構、情報は向こうから飛び込んできます。
タイムリーな旬の情報は、これからも皆さんにお届けします。
ご期待ください。

 修正です。
ヒメホタルが見えるところは、
屋島へんろ道登山道(正確には県道4号:屋島公園線)と書きましたが、
正確には、県道14号線でした。

 香川も待ちに待った梅雨に入りました。
鬱陶しくもありますが、きわめて恵みの雨、
わがまま言いますが、集中豪雨となることなく、降ってほしいものです。
とはいうものの、梅雨に入って雨が降ったのは、実質1日。
暑く厳しい日が続いていますが、
一雨、ふた雨ほしいです。

 14日、栗林公園の庭園コンサートは、いい天気に恵まれ、
武内貴美子さんのヴィオリラでした。
2年前の前回の彼女のコンサートは、大嵐でした・・・。
ヴィオリラとは、大正琴のつくりをヒントに、弓で演奏でき、
21世紀に生まれた新しい楽器です。
弓で弾けば、二胡やバイオリンに、指で爪弾けばギターの音色に
ピックではじけば、大正琴のように聞こえます。

 ヴィオリラの人気なのか、
はたまた演奏者の武内さんの大ファンが多いのか、
今回の庭園コンサート、
なんと約430人の方に聞いていただき、
私が経験している中でも、おそらく、観客の数は、
栗林公園庭園コンサート始まって以来の、
おそらく史上最高の人出だったのではないかと思われます。
ほんとうに、次から次へとお客さんが途切れることなく来ていただき、
約200席用意していた椅子は、あっという間に埋まりました。
また、コンサートも予定をかなりオーバーして、
なんと小一時間近く演奏していただき。
主催としては、うれしい限りでした。

 でも、武内さん曰く、コンサート終了後、
皆さん一番関心があったのは、結果的には、
着物や帯で作った私たちのステージ衣装でしたと
笑っていました。

 日曜日、天気がよく、午前の爽やかで心地よい風を受けて、
お庭の国宝で奏でられる音楽に、
ひととき身をゆだねられている観客の皆さんの
幸せそうなお顔を見ながら、思わず
人間って、本当は幸せを意識していないときこそ、
一番幸せなんだろうなって、痛感しました。

 大勢の皆さん、ありがとうございました。
また、コンサート後も、80人くらいの方が、
栗林公園にまつわる目からうろこが落ちる私の拙話を
残って最後まで聞いていただき、感謝です。

①ミシュラン三ツ星庭園 フランス人と日本文化、そして、
 日本一のおもてなし光頭会のお話 

②生駒家の2代目藩主生駒一正公と、関が原の戦いにおける、
 今NHKテレビ「天地人」で話題の上杉景勝・直江兼続や
 石田三成・島左近との関係

③朝鮮出兵(文禄慶長の役)と生駒家の家紋(源氏車から波引車)、
 亀甲船などのお話

④閨閥
 小堀遠州、西嶋八兵衛、そして3代藩主生駒正俊公の正室は、
 いずれも藤堂高虎の娘
 4代藩主生駒高俊公と、高松藩初藩主松平頼重公の正室は、
 実はいずれも、老中土井利勝の娘

栗林公園の作庭者
 西嶋八兵衛、小堀遠州などなど

 最後まで聞いていただき、ありがとうございました。

 話の後にわざわざ私の元に何人も来ていただき、中には遠く、
大阪、徳島、高知と、県外から話を聞きにきていただいた方もいて、
いくつかの目からうろこが落ちる話、これだけで来た甲斐があったと、
うれしいような恥ずかしいような気持ちで、大いに照れました。

 県外からわざわざ話を聞きに来てくれた。これには正直驚きました。
私のブログを見て来られたということで、
高速道路と橋の料金1,000円化のすごさ、
改めて実感しました。

 また、2年前に30歳の1人息子さんを亡くされたご夫婦の方も
話を聞いていてくれ、ようやく落ち着き心の平静を取り戻し、
外出できるようになり、栗林公園で元気いただいていますとの
ことでした。

 いろんな人生があります。皆さん、限られた人生、
いい意味でプラス志向で前向きに生きてほしいです。
そして、人生生きてることがもうけもの、
やりたいことやって、楽しく生きてください。

 大勢の皆さんに最後まで聞いていただき、
ほんとうにありがとうございました。

 次回は、9月、
秋は、香川の素顔に触れる「てくてくさぬき」も
伝統文化などをテーマにしますので、
私の話も、香川と言えば、お茶文化、
これと栗林公園のお話ができればと
思います。

 栗林公園は、武者小路千家発祥の地と言われていますが、
千利休、少庵、宗旦と続き、そして、宗守、宗左、宗室の利休のひ孫の時代に、
千三家は興りますが、
なぜ、利休の長男の道安ではなく、養子の少庵なのか、
また、きらびやかな安土桃山文化と茶人、庭園、
後水尾天皇と寛永文化サロンなどと
栗林公園のお話ができたらと思っています。
もちろん、庭園コンサートは、
香川が世界に送りだせるボサノバヴァのディオである
フェリアードの演奏です。
ぜひご期待ください。

 9月13日(日)午前10時からです。


●秘話 源平合戦と那須与一
 高松市の東部に、牟礼町、庵治町があります。
屋根の形をしたメサ状の屋島が真近かに見えて、
静かな落ち着いた街ですが、
 源平合戦の史跡も数多く点在してあります。
1642年に高松に赴任した、
徳川家康の孫であり、水戸黄門の兄でもある、
高松藩の初代藩主松平頼重公が、この源平合戦の史跡を
改めて整備したとも言われていますが、
そこには、私のご先祖様とも思われる、
那須与一に関係のある
扇の的の駒立岩、祈り岩なども、
当時を忍かのように存在しています。

 「源平盛衰記」や「平家物語」(扇の的)には、
那須与一は、登場しても、
歴史書「吾妻鏡」や関白太政大臣九条兼実の日記「玉葉」には、
源平合戦はあっても、那須与一の話は、
一切ないのですから不思議です。
当時、京都の町では、源平合戦(屋島、壇の浦の戦いなど)すら
報道されていません。
たとえば、同時代の鴨長明の「方丈記」などにも、記載はありません。
おそらく、京の人にとって、
四国や九州のことは、ほとんど無関心だったに
違いありません。

 那須与一を後世に残したのは、ひとえに「平家物語」(琵琶法師)の
おかげと私は思っています。

 また、歴史というのは、ほんとうに面白く、
たとえば、源平合戦の幕開けでもある、
1184年2月7日の一の谷の戦いですが、
義経は、本来は、2月4日に奇襲する予定でしたが、
実は、2月4日が3年前に63歳で亡くなった平清盛の命日だったので、
平家が仏事を行っている時に攻めるのはよくないと考え、
日を延ばし、結局7日の奇襲となったわけです。
奇襲はするけど、日を選ぶというのは、
なかなか面白い逸話です。

 海軍を持たなかった源氏は、海に逃げる平家を追うことができず、
結局、2月17日、(大阪)摂津渡辺を発ち、
嵐の中、阿波の国へ向かいます。
そして、現在の小松島市付近に上陸して、
地元の実力者を打ち負かし、
見張りを立てなかった平家の油断を突き、
一挙に2月19日には、屋島の戦い(3日間)に臨み、
2月20日には、扇の的事件、そして、3月24日には、
山口県の壇の浦の戦い(1日の戦い)で、平家を滅亡させています。

 こう書くと、そうかと多くの皆さんが納得するのですが、
実は、なんと、2月7日の一の谷合戦は、1184年、
嵐の中、(大阪)摂津渡辺を発ち、阿波の国へ向かった2月17日は、
翌年の1185年のことであり、ここには1年以上の
ブランクがあります。
これはどうしたことでしょうか?

 答えはこうです。当時の兵士は、農民を借り集めたものであって、
専門職(プロ)の兵隊ではなかったのです。
だから、兵隊を動かせるのは、農閑期の晩秋から冬に限ることとなり、
春を迎える3月には、兵士は、ふるさとに帰って、
農作業に従事するのです。

 1年後だからこそ、平家も油断していたのでしょうか、
屋島まで見張りをほとんど置いていなかったらしく、
だからこそ、徳島上陸後、あっという間に屋島まで駆けつけることが
できたようです。

 屋島の戦いも、いきなり切りあうわけでもなく、
古文書によれば、まずは名前をお互いに名乗って、
それから、お互いの悪口を罵り合って、
悪口が言い尽くされ、疲れた頃から、
ようやく弓矢が放たれることになるようです。
今でもこの戦闘スタイルは、南海の島々では行われているようです。

 源氏の戦いは、たとえば、当時の戦いとしてはタブー視されていた
船の船頭や漕ぎ手を真っ先に狙って、船の自由を奪って、
退治する戦法をとったり、
この源平合戦から、赤組(平家)、白組(源氏)が誕生したようです。

 那須与一宗高、当時17歳。
まさか自分に白羽の矢が当たる(指名される)とは
夢にも思わなかったはず。
それでも、見事成功させて、
下地が金色で、赤い日の丸の扇の的が
ゆらりと舞い上がり、舞い落ちる様は、
まさに琵琶法師の語りの見せどころ。

 平家物語では、以下のような記述があります。

 鏑(かぶら)は海へ入りければ、扇は空へぞ上がりける、
しばしは空にひらめきけるが、春風にひともみふたもみもまれて、
海へさっとぞ散ったりける。
夕日の輝いたるに、皆紅の扇の日出だしたるが、白波の上にただよい、
浮きつ沈みつゆられければ・・・

 目に浮かぶような実に見事な語りです。

 ところで、那須与一の与一は、10あまる1ということで、
よく11男の人を指しますが、那須与一も文字通り11男です。
そして、なんと9人の兄が平家についていたということは
皆さんご存知だったでしょうか!

 見事、扇の的を射止め、褒美に武蔵を始め5つの荘(土地)を
もらったようですが、郷里の神社に全部寄付し、
その後の消息は、どうもはっきりしません。

 「日本人名大辞典」では、晩年は京都で坊さん生活を送っていたとの
記述もありますが、真偽のほどはわかりません。
源平合戦の死者を供養して、全国を行脚したとも言われていますが、
詳細は不明です。

 与一のほかに有名なのは、弟の那須大八(宗久)ですね。
彼のことは、宮崎県椎葉村の「稗つき節」の歌詞にあるように
現在まで伝わっています。
平家の落ち武者の娘である鶴冨姫との恋は、
悲恋の話です。

 ○鶴冨屋敷
  http://www.vill.shiiba.miyazaki.jp/cms/index.php?itemid=237

 ○稗つき節
  http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/hietsukibushi.html

 那須と言う姓は、東国武士ということで、
栃木県に多いですが、意外と、宮崎県にも多くあるのは、
このような理由だと思われます。


●歯ART美術館とホピ村
 その牟礼、庵治には、
世界に誇る芸術家のアトリエ(跡)があります。
20世紀を代表する彫刻家イサム・ノグチ庭園美術館も
そのひとつです。
(財)イサム・ノグチ日本財団は、今年設立10周年を迎えます。
また、1967年アメリカのタイム誌で、
世界に向けて日本を代表する5人の文化人ということで、
丹下健三、黒澤明、三島由紀夫、川端康成に加えて紹介された
流政之(ながれ まさゆき)氏のアトリエ、流スタジオがあります。
さらに、20世紀を代表する家具デザイナーと言えば、
ジョージ・ナカシマですが、彼の記念館が、
世界でアメリカの本家以外で唯一ナカシマのライセンスを持っている
地元の桜製作所の永見会長自身ご自身によって建てられ、
外国人には特に大人気となっています。

 ○イサム・ノグチ庭園美術館
  http://www.isamunoguchi.or.jp/gamen/home.htm


 ○ジョージ・ナカシマ記念館
  http://www.sakurashop.co.jp/nakashima/

 イサム・ノグチ庭園美術館にも、多くの外国人が訪れています。
彼を庵治や牟礼に連れてきたのは、
岡山が生んだ偉大な作庭家「重森三玲」ですが、
ノグチは、重森が設計者である京都東福寺の方丈庭園、
市松庭園であると知って、その作品に傾注し、
次第に深い付き合いとなっています。
そういう意味で、ユネスコの中庭の設計を任されたイサム・ノグチが、
どうしても日本庭園に拘ったのも、不思議ではありません。

 そして、実はここにもう一つの美術館があることを
ご存知でしょうか?
それは、庵治の流スタジオの近くにあり、
和田精密歯研株式会社が経営する
「歯ART美術館」です。
最近は、企業ミュージアム社会貢献コンテストで、
奨励賞を受賞しています。

 和田さんとは縁あって、お話したことがありますが、
和田さんの若い頃の苦労話は、胸にジーンときます。
私たちが忘れかけているものを、和田さんのお話を聞いていると
思い起こさせてくれます。
人間にとって何が一番大切なものなのか、
ほんとうに含蓄のあるお話を、聞かせてくれます。
もし、機会がありましたら、ぜひ聞いてほしいお話です。

  ○「歯ART美術館」
   http://ha-art.com/

 2階展示場には、およそ500台のカメラが置かれています。
また、歯に関する展示もあり、なかなか興味深いです。
また、3階では、世界の児童の絵を展示しています。
4階は企画展示室ですが、
現在は、「みやこうせい」さんのルーマニア民俗写真展
~ヨーロッパの隠れ里~を開催しています。
みやさんは、ルーマニア人の気質にほれ込んで、なんと
127回もルーマニアを訪れています。
7月26日(日)には、「みや」さんの講演も開催予定です。

  ○「みやこうせい」さんのルーマニア民俗写真展
    http://ha-art.com/event/index.html

 7月27日まで、開催していますので、
またお出かけください。

 また、近くには建築家若林一色さんの経営するホピ村があります。
一度若林さんとお話したことがあります。
若林さんが言うには、
日本の建築家は、建築オンリーのデザインしかしてこなかった、
そして、最近になってようやく
景観と言う大切なものに気づいてきたのではないか、
ヨーロッパの建築家は、建物だけに限らず、
車、時計などあらゆるもののデザイナーでもあり、
この違いは大きいという若林さんのご指摘は、
お話していて納得できます。

 ホピ村のお店は、竹炭の香りがよくて、
瀬戸内海を背景に、ほんとうに心底からリラックスできるカフェであり、
また、着衣のままの竹炭サウナルーム、マッサージルームなどがあります。
ぜひ、お出かけください。
ほんとうに仲のいいご夫妻で経営されています。
 
  ○ヒーリングスポット ホピ村
   http://hopimura.info/

 歯ART美術館からも、ホピ村からも、
素晴らしい瀬戸内海が一望できます。
まさに天国です。
癒されたい方、ぜひお越しください。

テーマ : 香川
ジャンル : 地域情報

(73)世界の宝石 瀬戸内海

 二十四節気では、
6月5日の芒種(芒:のぎ 稲の籾殻にあるとげのような突起)を持った
植物の種を蒔く頃という意味)を過ぎました。
七十二候では、
次候の腐草為蛍(腐った草が蒸れ蛍になる)から、
末候の梅子黄(梅の実が黄ばんで熟す)への移りの候です。

 暑い日が続いています。
日中はひと雨ほしい季節となりました。

 瀬戸内海の夕焼けもひときわ美しいです。
ぜひ、この機会にたっぷり瀬戸の美を堪能してください。
世界中探しても、実はどこにもない素晴らしい景色が広がっています。
それほど価値のある景色です。
多くの県民にとっては、当たり前のようになっている景色ですが、
実は、世界各国から、この景色を見るために
ここに来られている外国人も大勢います。
けっして当たり前と思わないで、その価値を堪能してください。

 先日、名古屋以西の西日本の旅行代理店の方々に、
お忙しい中、わざわざ香川にまで来ていただき、
今までの香川のイメージとは違う、
香川の新しい魅力に触れていただきたく、
また今後の積極的な情報発信を期待して、
観光ガイドさせていただきました。

 津田のドルフィンセンター、観音寺の路地裏あじめぐりなど
従来の観光香川にはない、香川の新しい一押しの魅力をご紹介させて
いただきましたが、満足度はかなり高かったようです。
さらに、夕方の瀬戸内海クルージングと、
夜のまちあるきグルメ探索コースは、私も参加してガイドも一部
させていただきましたが、
多くの皆さんが知らなかった、体感したことのなかった世界でした。

 夕方の瀬戸内海クルージングは、あいにくの曇り空で
残念ながらぜひ見てもらいたかった夕焼けは見れませんでした。
主要なハイライトシーンがなくて、少し動揺しましたが、
心配は、高松港出港わずか15分後には吹っ飛んでしまいました。

 男木島の北端を過ぎた頃に、視界に入ってきたその景色は、
多くの香川県民が、実は今でも見たことのない風景でもあり、
しかしこれが実に感動的な風景であって、
それに賭ける私たちの密やかな熱き思いが、そこでは十分伝わりました。

 それは、今から100年以上前の1895年(明治28年)に完成し、
日本灯台50選にも選定されたこともあり、
また、1957年木下恵介が監督し、大ヒットした
佐田啓二(俳優 中井貴恵・貴一姉弟の実父)と高峰秀子主演の
映画「喜びも悲しみも幾歳月」のロケ地にもなった、
総御影石造りの男木島(おぎじま)灯台であり、
その背後の煉瓦造りの資料館(元灯台職員寄宿舎)でした。
それらの建物の近くまで、
船を寄せていただき、手に取るように真近かに見ることができ、
素朴ながらも、その堂々とした海の守り神らしき荘厳さに、
皆さんは圧倒されていました。

 男木島灯台
  http://www.pref.kagawa.jp/takamatsuko/n-toudai.htm
 
 それと、次に期待し、一押しの風景が、
男木島漁港から、
男木島の山である、ズッコ山、コミ山(標高213メートル)に沿って
這い蹲るように連なっている漁村の集落風景。

 私自身は、クロアチアのシュタンブク駐日大使から、
美しい日本とはどういうものかなどを教えてもらう前は、
このような漁村の集落や段々畑を美しいと感じるとは
よもや思いませんでしたが、
以前、大使と瀬戸内海をクルージングさせていただいた時に、
ヨーロッパ人が感じる日本の魅力を話してもらって、
日本の美しさとは、こういう漁村集落もそのひとつであると
初めて感じたのでした。
ほんとうに男木島の漁村集落は、美しく、
日本の原風景といおうか、懐かしい景色であり、
心和むものなのです。

 ただの宝石でもなく、日本の宝石でもなく、
瀬戸内海は、なんと、世界の宝石であると称したのは、
武士道を著した、明治の日本を代表する教育学者である
新渡戸稲造であります。
 彼は、わが香川出身の当時の国会議員であった
小西和(かなう)が著した「瀬戸内海論」の序文で、そう述べています。

 1911年(明治44年)に刊行されたこの本は、
実は、瀬戸内海の自然的な美しさだけではなく、
瀬戸内海を活用した内外の観光客誘致による地域振興、
外貨獲得の期待、ナショナリズム等も盛り込んだものであり、
現在でも十分通用できる考えがそこに展開されています。

 瀬戸内海は、1934年(昭和9年)、
九州の雲仙、霧島と同様、日本で最初の3国立公園のひとつとなりました。
最初の指定範囲も、実は、備讃瀬戸に限定されたものでした。
小豆島の寒霞渓、高松市の屋島、岡山県の鷲羽山、広島県の鞆の浦などを
中心としたものでした。
そして、
瀬戸内海の夕焼けの素晴らしさに、「言葉はいらない」との名言を言ったのは、
実は、わが観光振興課の職員でした。

 古代から海洋交通のメインルートであり、
主要幹線ルートでもあった瀬戸内海は、
シーボルトもその素晴らしさを述べていますし、
リヒトホーフェン(ドイツ人の地理学者であり、
シルクロードの命名者でもあります。)も、1860年に、
瀬戸内海を訪れ、その旅行記の中で、世界的に素晴らしい風光明媚な
場所として、瀬戸内海を紹介しています。
チャップリン、アインシュタインも同様です。
そして、前述しました、年間1千万人のクルーザー客を集める
クロアチア(アドリアの真珠)の駐日大使シュタンブク氏も、
同様に瀬戸内海を絶賛しています。

 さらには、この瀬戸内海の島々には、
豊島、男木島、女木島、大槌島、小槌島などを中心に、
神話古事記の伝説の世界が広がっています。

 豊島には、
海や水を支配する海神である豊玉彦命(とよたまひこのみこと)を
祀る豊玉神社がありますし、
男木島には、その長女である、豊玉姫命(とよたまひめのみこと)を祀る
「豊玉姫神社」があります。
 女木島には、豊玉彦命の次女であります、
玉依姫命(たまよりひめのみこと)が関係しています。

 一方、陸の神様である、邇邇芸命(ににぎのみこと)と
妻である木花咲耶姫(このはなさくやひめ)の間に生まれたのが、
長男:火照命(ほてりのみこと)=海幸彦(漁が得意)であり、
次男:火須勢理命(ほすせりのみこと)
3男:火遠理命(ほおりのみこと)=山幸彦(山での狩猟が得意)です。

 この3男:火遠理命(ほおりのみこと)=山幸彦が、
兄の海幸彦の釣り針を借りていたところ、波間で失い、
困っていたところに波間から登場したのが、
塩椎神(しおつちのかみ)という老翁です。
そして、その老翁の言いつけにしたがって、
亀に乗って海底に潜り、知り合ったのが、豊玉姫であり、
この話が、のちの浦島太郎伝説となっていきます。

 3年後、山幸彦は、別れを告げ、
鯛から釣り針を取り出し、土産に持ち帰った
呪文と塩満玉(しおみつたま)の2つの宝玉で
兄である海幸彦を服従させ、支配者となったのでした。

 のち、豊玉姫が山幸彦の後を追って地上へ現れ、
海の国で育ったので、天津神の子は産めないはずでしたが、
出産現場は、絶対見ないように言ったにも関わらず、
山幸彦は覗いてしまって、そこには大きな鮫が・・・

 豊玉姫は、妹の玉依姫に世話を依頼して
子供を置いて海に帰りました。
その子は成長し、おばでもある玉依姫と結婚、
4人の子供を授かり、
第4子が、実は神武天皇だったという神話の世界が
このあたりに広がっています。

 男木島(おぎじま)は、大姉の島ということから、
大姫島(おぎじま)と呼ばれており、。
豊玉姫を祀る「豊玉姫神社」の鳥居は西を向いており、
そこから見える大槌島、小槌島が2つの門柱に見え、
その下に龍宮城があると信じられ、
その入り口は、亀水の淵(亀水町)と考えられています。

 女木島(めぎじま)は、玉依姫という姪の島という意味です。
現代のように男木、女木と表記されたのは、
平安時代に入ってきた陰陽道の影響ではないかと推測されています。

 陰陽道と言えば、五色台があります。
そこにある5つの峰 白峰、黒峰、紅ノ峰、青峰、黄ノ峰は、
まさに陰陽道の世界でもあり、
安倍晴明が讃岐の生まれであるという強い根拠にもなっています。
この話は、いずれ機会を設けて改めてお話します。

 港に着いてからの夜のまちあるきコースも
大人気でした。
ホテル「福屋」の土居さんと
スナック「オードリー」の岡田ママが案内するこのコースは、
一人でふらっと高松にきても楽しめる内容となっています。
人気「まちかど漫遊帖」のコースの一つですが、
また、秋のまちあるきにも出てきますので、
ご期待ください。

 寿司駒のおいしい握り寿司と大将の面白い話、
イタリアン「シー・ドラゴン」の量たっぷりのおいしい料理。
おいしさは保証します。
岡田ママは、当日、さぬきうどんの揚げお菓子
「揚げぴっぴ」(塩味、甘味、生姜味の3種もそろえてくれました)や
「おいり」、「うどんの缶詰」なども特別に用意していただき、
香川、讃岐のPRに懸命でした。
ほんとうに熱き思いの人で、
讃岐の偉大なるPRジェントルマンとレディです。

 今後とも連絡を取り合って、
どのよう情報発信になるのか、どのようなツアーコースが生まれるのか、
今からドキドキしています。

●ヒメボタル
 今、屋島へんろ道登山道(正確には県道4号:屋島公園線)あたりでは、
ヒメボタルが乱舞していること、ご存知ですか?
 源氏ホタル、平家ホタルと違って、それほど明るくはありませんが、
数はすごい数です。いわゆる乱舞です。
出来るだけ多くの皆さんに見てもらいたいのですが、
ヒメボタル側の都合で、時間が限定されています。(笑い)

 見える時間は、早朝2時過ぎから4時過ぎまでで、
ピークは午前3時30分前後となっています。
あたりは真っ暗で、そこに行くまでには懐中電灯が必要です。
屋島へんろ道の登り口の加持水から、不喰梨(くわずのなし)あたりです。

 ○ヒメボタルの詳細
   http://hitoshizen.jp/biology/himelife.html

 ○屋島のへんろ道
   http://www.pref.kagawa.jp/kohosi/0508/sisetu.html

 公共交通機関がない時間帯なので、
車でお越しの方は、
近くの四国村にお願いして駐車できるようにお願いしていますので
ご利用ください。

 ○駐車場への行き方
 コトデン屋島を元屋島ケーブル麓駅に向かってのぼり、
元屋島ケーブル麓駅手前のささや旅館の2、3軒下あたりに
右(東)に曲がる道がありますので、
そこを曲がると、四国村の臨時駐車場がありますので、
ご利用ください。
 また、へんろ道には、元屋島ケーブル麓駅西側に、
そのまま西に直進すれば、看板がありますので、
その案内板にしたがってお進みください。
このごろは、満月でお月様もきれいで
月明かりの下、真っ暗ではありませんが、
やはり、懐中電灯は必要です。

 がんばって、早起きして、普段見れないヒメボタルの乱舞、
見てみませんか!
宝ものの発見してみませんか!


●光頭会の続報
 栗林公園で今、観光客の皆さんの靴の埃払いで大人気の
光頭会の皆さんですが、
その活動が、NHKで全国放送されます。

 オンエア日時 6月8日(月)午後2時5分~3時までの間
 番組名    NHK「お元気ですか 日本列島」

 ぜひ、ご覧ください。

 また、光頭会では、近日中に、
「また、来てもらいたいし(大使)」、
「喜んでもらいたいし(大使)」、
「笑顔を見たいし(大使)」の3人を募集します。

 太陽を募集し、なんと、公園の(三つ)星と、
光頭会の月の3すくみがこれでできます。

 詳細は、次回お知らせします。
香川の女性の方、ぜひ応募してみてください。

●NHKテレビ ワンダー×ワンダーの感想
 先日オンエアされました、NHKテレビ「ワンダー×ワンダー」、
いくつかの感想をいただき、たいへん好評でした。
すこし、ご紹介させていただきます。

 臨時便でご連絡頂きました「ワンダーワンダー」見ました。
とっても感動いたしました。こんぴら歌舞伎の昼の部だけしか
行ってませんが、「俊寛」の映像には目を見張りました。
今日の映像を見て、もう一度是非「こんぴら歌舞伎」で
「俊寛」を見てみたくなりました。
歌舞伎に興味もわき、とっても身近に感じ、
感激も一段と変わってくるだろうと思います。
なかなか入場券が手に入りにくいんですが・・・・
これからの歌舞伎鑑賞が違った意味で楽しみになりました。


 臨時便、ありがとうございました。
テレビ、とってもよかったです。
眠気吹っ飛んでしまいました。
普段目にすることのないアングル、ドキドキでした。
もう一度みたいです。

      などなど・・・。

 なお、この番組、再放送あります。
日付は変わって、11日の深夜0時45分からです。
ぜひ、ご覧ください。


栗林公園の庭園コンサート
 14日(日)の10時からは、
お待たせ6月の庭園コンサート、
武内貴美子さんのヴィオリラコンサートがあります。

 ヴィオリラとは、大正琴のつくりをヒントに、弓で演奏できる
21世紀に生まれた新しい楽器です。
弓で弾けば、二胡やバイオリンに、指で爪弾けばギターの音色に
ピックではじけば、大正琴のように聞こえます。
ぜひさわやかなひとときと併せて体感してください。

 そして、庭園コンサート終了後、栗林公園のお話も少し
私からさせていただきますので、これも久しぶりですが、
数少ないですが、最近ではリクエストもありますので、
ここはひとつ皆さんの知らないお話でも話せたらと思っています。

 ご期待ください。
コンサートは14日10時から、
私の話は、コンサート終了後です。

 雨でも、北館で実施しますが、花ショウブやハスのことも
考えると、雨の方がいいかもしれませんね。

 なお、同じ14日は、9時から16時まで、
掬月邸で、裏千家淡交会高松支部の月釜も催されますので、
ぜひいらしてください。

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ジャンル : 地域情報

(72)子供たちと先生が、全国最優秀賞を受賞 !

 今日から衣替えです。
梅雨入りも真近かですが、わがふるさとには、貴重な雨をもたらす
命の雨。うっとうしいとは思わず、恵みの雨と思って
感謝しないと罰があたります。

 二十四節気では、
6月5日には芒種を迎えます。
芒種とは、
芒(芒:のぎ。稲の籾殻にあるとげのような突起)を持った
植物の種を蒔く頃という意味だそうですが、実際の種蒔きは、
これより早いです。

 七十二候では、
初候の蟷螂生(蟷螂が生まれでる)から、
次候の腐草為蛍(腐った草が蒸れ蛍になる)への移りの候です。

 実にいい気候を迎えていますが、
ただ、最近は、日本各地で雷被害が続出していますので、
十分ご注意ください。
1億ボルトとも言われている雷、
農作業やゴルフ、登山など、屋外では、特に要注意です。

 海にも落ちるのです。
当然塩水で伝導して海浜も濡れているので、
理屈の上では、海浜でも感電します。

 何と2003年からは16人が落雷で亡くなっていますので、
十分、気をつけてください。

 雷鳴が聞こえたら、
高い樹木の下や金属などにはくれぐれも近づかないようにとのことですが、
雷鳴はまだ遠くから聞こえてくると思って油断していませんか!
雷の落ちる範囲は、半径約30キロですから、
雷鳴が聞こえたら、既にもう危険なのです。
すぐに建物や車の中に避難を。
泳いでいたら早く陸に上がって、建物の中に。
とにかく、車や建物の中は安全です。
気をつけましょう!

栗林公園では、花ショウブがこれから身頃です!
 栗林公園では、今年も花ショウブの見頃を迎えました。
例年だと、6月の第1週から第2週にかけてが見頃です。
昨日の31日は、大勢のお客様はおられましたが、少し暑すぎて、
本来の花ショウブのよさは、今ひとつでした。
池の水の量も少なくて、やはりお庭には、雨が似合います。
ぜひ、花ショウブ見は、雨の日にお出かけすることを切に推奨します。
雨に煙る草花で素晴らしき容姿を見せるのは、
何も花ショウブだけではありません。
園内に1,300本近くある松も、また借景の紫雲山の緑も
活き活きと輝きを増します。
ぜひ、小雨降る日に、素敵な方と相々傘でお越しください。

 ちなみに園内の花ショウブですが、
約500平方メートルに、約3,750株、
137種類が植えられています。
園芸王国日本、ぜひともご堪能ください。

 園芸王国日本は、実は江戸時代に飛躍的にその技術を
伸ばしました。
現在の巣鴨、駒込あたり、江戸時代には染井と呼ばれ、
各大名屋敷が立派な庭園を保有しており、
その手入れ管理のために、多くの植木職人が切磋琢磨して
その技術を競っていました。
競争あってこそ、人々は磨かれ進化します。
園芸技術もその一つでした。

 東京が意外と緑豊かなのは、皇居もありますが、
面積の5割を超えて占めていたと考えられる大名庭園
(大名屋敷も含む)の存在を忘れてはいけません。

 桜の代表格である「ソメイヨシノ」は、
エドヒガンとオオシマザクラを掛け合わせたものですが、
この「ソメイ」こそ、地名である染井からとったものです。
吉野は、桜の名所である奈良県吉野からとっています。

 余談ですが、一部を除いて日本全国至るところにあるこのソメイヨシノ
実は、種子では増えず、クローンなので、接木などでしか増えません。
したがって、樹齢はほぼ60年から120年で枯れてしまいます。
60年寿命説が一時は隆盛を極めましたが、
60年を超えても、まだ枯れずに花を咲かせているソメイヨシノ
全国的に存在するということで、この説、現在では
訴える力が少し弱くなっています。

 この誇るべき江戸の園芸技術、
おそらくイギリスのプラントハンターたちが世界中を駆け巡り、
日本にも幕末から明治にかけて、その技術や珍しい植物を
英国に伝えたのかもしれません。
また、今では、私たちが歴史では当たり前と思っていました
この鎖国という文字は、実は現在教科書1社を残して
文字は消え去っているのが示すように、
鎖国状態ではありませんでしたので、
江戸の日本から、どうにかして持ち帰ったかもしれませんね。
(鎖国は、後世の翻訳ミスというのが現在の通説です。)


●第1回観光立国教育全国大会で、
  子供たちと先生が、最優秀賞(観光庁長官表彰)受賞

 ふるさと香川には、県民の皆さんの足元に宝ものが
いっぱい転がっているのに、実はほとんど灯台元暮らしで見えてなくて、
それではいけないということで、
県民の皆さんに宝もののお話を、機会をいただきながら、
県内各地で土日を利用してお話し続けていますが、
特に子供たちには、ふるさとの素晴らしさを思いっきり話して
体感しておいてもらわないと、どうしてふるさとに
愛着を持ちえようかということで、
昨年頃から、
子供たちに積極的に「ふるさとの宝もの」のお話をしています。

 もう既に数校お話しましたし、
先日の校長会や教頭会でも、わずかな時間をいただいてお話させて
いただきましたが、肝腎の多くの先生たちが、
私の話にはいつも、「ほんとかいなあ!」などの顔つきで
きょとんとしています。

 でも、子供たちはほんとうに素直で、話には食いついてくれます。
というか、いつもそういうときに思いっきり食いついてくれるのは、
実は付き添いの先生の方で、話が終わったあとで、
先生方からの質問など、知らなかった、もっと詳しく知りたいなどと
とっても多いのが現状です。
如何に多くの大人たちが、ふるさとのことに対して、
盲目になっているかがよくわかります。
私も10年前はそうでしたから、そのお気持ち、
よく理解できます。

 実は、先日、岡山児島でお話さえていただいたときに、
私が尊敬しあこがれています、
岡山が生んだ偉大な作庭家である重森三玲氏のことも、
彼の作品展覧会が岡山県立美術館で開催されていることも
会場のほとんどの方がご存知ありませんでした。
あとの質疑応答で、お1人だけ、重森氏のことを知っていて、
その方から、重森氏のお話をしていただいたということで
お礼を言われましたが、実はその方は、重森氏の関係者でした。

 そういうものかなと思いつつ、でもこれこそ由々しきことであると
思っています。
地元の方こそ、地元の宝ものをもっと知るべきであり、
知って勉強すべきであります。
これは、どこの人にも言えることだと思います。

 重森氏は、香川にイサム・ノグチを連れてきたその人です。
イサム・ノグチに対し制作依頼のあったユネスコ中庭庭園ですが、
彼は、日本庭園にしたいということで、
彼が感動しました、京都東福寺の方丈・市松模様庭園の
その制作者であった重森氏に会い、そこから
イサム。ノグチと重森氏のお付き合いが始まるわけですが、
香川の庵治にもそういう縁が重なって2人が訪れるわけです。

 県内には、志度寺の無染庭や前回紹介の増井邸の茶庭など、
重森氏制作の庭園が数多くあります。
ぜひ、ご覧ください。

 詳細は、またいつかご紹介させていただきます。

 子供たちには、
香川の埋もれているよさを教えてあげる → それを自らが調べる 
→ 観光ブックの作成 → お勧めツアープランの作成 → 
商店街で香川のよさのアピールやポスター掲示して地域の活性化へ
貢献・・・という流れを通じて、
様々な学習をしてきました。

 そこでは、人がいいからというので鵜呑みにするのではなく、
現地で自分の目でその素晴らしさを体感することが大切なことも
しっかりと伝えてきたつもりです。

①次世代を担う子どもたちにこそ、このふるさとの素晴らしさを伝えたい。
 ふるさとのよさを知って、誇りに思っていただき、どんどん元気に!

②あたりまえのことに感謝・・・「我、ただ足るを知る」
 多くの名前も知らない数多くの人たちに支えられて、自分たちの幸せな
 当たり前の生活があることを知って、それに感謝

③少しでも社会に役立つことを(社会貢献)
 感謝を行動で示さないといけないので、行動を起こすことが
 必要であり、それが社会貢献となる、と。

 そして、見事、
その小学校の一つである、
香川大学附属高松小学校4年生(昨年時)と河田先生が、
今年2009年5月10日開催の第1回観光立国教育全国大会で、
栄えある最優秀賞(観光庁長官表彰)を受賞しました。

 もし、よろしければ、下記の
「てくてくさぬきのホームページ内の子供たちが調べた香川の宝」を
チェックしてください。

  http://www.tekuteku-sanuki.jp/tts/info137.html
 
  http://www.tekuteku-sanuki.jp/takara/index.html

  各ポスターは、拡大も出来ますので、ご覧ください。

  あとは、ツアー商品もいくつか完成させようとしていますが、
 この夏は、転校生も、素敵な香川に遊びにおいでよと、
 声かけしているはずです。

  また、近々に、夏のてくてくさぬき「遊び」も
 ウエヴサイトにアップしますので、ご期待ください。

●これぞミシュラン三ツ星おもてなし・・・光頭会
 三ツ星庭園「栗林公園」で、今、観光客の人気をさらい、
話題沸騰しているのが、皆さんに何度かお伝えした
東門南の出口で行われている「靴磨き、靴の埃払い」サービス。

 最近は、恐るべき口コミで、あっという間にマスコミ各社に伝わり、
取材合戦たけなわです。
最近でも、地元のテレビ2社でもオンエアされましたし、
新聞やフリーペーパーにも特集されました。
取材だけでも、10件は超えているようです。
そして、恐るべき口コミの情報伝達の早さです。
世はデジタル全盛ですが、デジタル時代だからこそアナログの果たす
役割の大きいこと、改めて再認識です。

 ぜひお出かけください。
感動がそこにはあります。体感できます。

 それにしても、公園を一周散策したらかぶるほこりのひどさは、
たまりません。中にはほんとうに黒や茶の靴が真っ白になっています。

 ほんとうにおもてなしのサービスなんですね。

●たたみ中井さん 続報

 これは、反響大きかったです。驚きました。
昨日もグラフィックデザイナーの藤本氏とも、
栗林公園でお話しましたが、
伝統は、生まれたままの形でそのまま現在まで続いているということで、
その価値が高く評価されているのではなく、
伝統こそ、革新の連続の積み重ねであり、それが長く続くことによって、
伝統になっているのだということです。

 藤本氏や、そして、
高松市内で着物や小物を取り扱っているH氏とは、
最近、「ものを売るということ」について、話が盛り上がり、
おもてなしとの関係など、皆さんにまた聞いてほしいことがありますので、
現在まとめていますので、近日中に報告させていただきます。
目からうろこが落ちる内容です。
面白いです、ほんとうに。


●情報提供です!
①まずは、HIPからの情報提供です。
・四国酒蔵88箇所弾丸ツアーのお知らせ

 今回ご紹介するのは、
「四国酒蔵88カ所巡り」さんの企画。
 しかも、なっ、なんと!
3泊4日でぐるっと四国、88酒蔵を全部廻っちゃいましょう
というツアーなんです。

 呑み助には最高の企画ですが、
下戸には無理です、このツアー。
これを企画した、某酒類販売店のオーナーさん、
そのユニークさに、脱帽です。

 ○7/27朝5:50集合! 
行き倒れ覚悟?!の弾丸ツアーの詳細はこちらから。

  http://a-kiss.net/sake88/

 酒蔵88カ所を廻ることによる御利益は「鑑定書と自己満足のみ」。
でも、地元の文化を酔いながら再発見できるなんて。。。

・日経ウーマン6月号「全国アラサー女子のリアルライフ 」に
「グローカルなご当地女子」として
「香川のボンドガール」が採り上げられています。

 赤のタンクトップに黒いパンツに覆われた長いおみ足がステキすぎます。
そんな彼女は、3カ国語を操る国際派。
「大好きな香川を国内外の人に知ってもらいたい」という気持ちから
誘致活動をしているとか。

 ぜひ、日経ウーマン6月号「全国アラサー女子のリアルライフ 」
ご覧ください。

 続いて、
 ②栗林公園の庭園コンサートや一閑張り再生家具展など・・・
  6月5日(金)から、9日(月)までの
 9時から16時30分まで、
 栗林公園商工奨励館北館で、
 全国から集めた夏の涼しい玄関飾り小品や、
 一閑張り再生家具展示即売会などが開催されますので、
 ぜひご覧ください。

  ミニチュアながらほんとうに細部までよく観察して仕上げた
 全国から集めた玄関飾りや、
 先人がものを大切にする気持ちを育んできたその一つの
 表れが作品となっています一閑張り家具再生作品展示・・・
 ぜひ、ご覧ください。

  また、14日(日)の10時からは、
 お待たせ6月の庭園コンサート、
 武内貴美子さんのヴィオリラコンサートがあります。

  ヴィオリラとは、大正琴のつくりをヒントに、弓で演奏できる
 21世紀に生まれた新しい楽器です。
 弓で弾けば、二胡やバイオリンに、指で爪弾けばギターの音色に
 ピックではじけば、大正琴のように聞こえます。
 ぜひさわやかなひとときと併せて体感してください。

  ハスの花もそろそろ咲き始めますから。

  そして、庭園コンサート終了後、久しぶりに
 栗林公園について、私からさせていただきます。
 数は少ないですが、最近ではリクエストもありますので、
 ここはひとつ皆さんの知らないお話でも話せたらと思っています。
 ご期待ください。

  雨でも、北館で実施しますが、花ショウブやハスのことも
 考えると、雨の方がいいかもしれませんね。

  なお、同じ14日は、9時から16時まで、
 掬月亭で、裏千家淡交会高松支部の月釜も催されますので、
 ぜひいらしてくださいね。

テーマ : 香川
ジャンル : 地域情報

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