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(64)魚肉ソーセージのお話 !

 二十四節気では、4月5日は清明です。
清明とは、気候がよくなり、万物が清々しく明るく美しい頃と
言われています。
 3月30日頃は、七十二候では、
桜始開(桜の花が咲き始める)から
雷乃発声(遠くで雷の音がし始める)への移りの候です。

 この3月に、栗林公園ミシュラングリーンガイド(観光地編)で、
三ツ星認定されてから、多くのマスメディアに注目され始めています。
県民の関心も少しずつ高くなっています。

 日本では、飲食編のレッドブックが有名ですが、
フランスを中心にヨーロッパでは、ミシュランと言えば、
グリーンガイドブックの方がポピュラーです。

 同じ三ツ星の岡山の後楽園でも、ちょうど1年前の簡易版で、
三ツ星に認定以来、外国人の来園が多くなっています。
栗林公園もこれを機会に大勢の外国人にも来園してほしいです。

 なお、先週に、三ツ星認定の詳細のURLを
下記としてご紹介しましたが、
どこに栗林公園の認定が掲載されているのか
わからなかったと言うリプライもいただきました。
確かにわかりにくかったです。たいへん失礼しました。

 実は、このURLをクリックしていただき、
そして、現れてきたそのページの一番最後の、
ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン」の掲載地リストというところを
クリックしていただきますと、日本全国の星取り状況がわかりますので、
一度ご確認ください。

 http://www.michelin.co.jp/media_center/news/corporate/090131.html

 日本を代表する大名庭園、お庭の国宝でもある「栗林公園」は、
27日金曜日から、春のライトアップが始まり、来月4月5日までの
10日間実施しています。
よろしければ、お誘い併せの上に、ぜひお越しください。
ミシュラン三ツ星に認定されました公園を、
十分ご堪能ください。

 特に、風のない日にお越しください。
水面に映った桜や松は、それは怖いくらい見事に映っています。

 公園では、現在、エドヒガン数本とシダレサクラ1本が満開ですが、
園内の桜のほとんどを占めるソメイヨシノは、まだ3分咲きです。

 江戸時代中頃、江戸の染井で、当時の植木職人が、
オオシマザクラとエドヒガンを掛け合わせてクローンとしてできたのが、
今のソメイヨシノです。
 当時上方の桜として、奈良の吉野が有名であったため、
それにソメイをくっつけてできたのがソメイヨシノです。
クローンだけに寿命は、平均60年くらいと言われていますが、
中には、弘前公園の中にあるソメイヨシノは120年とも言われています。
したがって、全国各地の樹齢数百年の桜というのは、
ソメイヨシノではなく、シダレサクラがほとんどだと思われます。

 今週末から満開だろうと予想しています。
ぜひ一度お越しください。
そして昼間とはまた違った、夜の幻想的な姿を
ご堪能ください。

●魚肉ソーセージのお話
 人との出会いは、ほんとうに素晴らしいものだと
痛感しています。
観光ボランティアガイドに10年以上携わっていますと、
ほんとうに多くの素晴らしい人と出会えました。
そして、それが縁で、またさらに素晴らしい人を紹介していただける
貴重な体験も何度もさせていただいています。
その人脈や、今は私の貴重な財産となっています。
ほんとうに心から感謝しています。

 人生、たかだか3万日、その中で如何に心に残る人に出会えるかが
その方の人生を幸せにも不幸にもします。
人生は、人との出会いですし、
一生懸命に尽くせば、出会いはどんどん広がります。
そして、同じような思いの方に次々と逢えていくから不思議です。
人生は人との出会いと別れ、これに尽きると最近痛感しています。

 先日、ある方からのお誘いで、
1人の素晴らしい男性を紹介させていただき、
先日、再び縁があって、またその方とお会いでき、
ゆっくりお話することができました。

 私が一方的に思っていることかも知れませんが、
人間、不思議なもので、2度目の出会いだと妙に意気投合して、
話が弾みます。
その方は、現在、立派な地位も名誉もある方ですが、
実は、現在の姿からは想像がつかないくらいたいへん苦労された方です。
幼少時に父親を亡くされ、母親の手ひとつで育てられ、
貧しい生活のため、クラスで2名だけ修学旅行にいけなかったうちの
一人であった、とお話されました。
もし私がその立場なら、子供心なりに、きっと
母親や貧乏を恨んだことだと思いますが、
母親の苦労や家の経済状況を考えると、それも仕方ないことだとは
なかなか思えなかったと思います。

 その方はあらゆる面でたいへん苦労された方ですが、
都会に出て、下宿で食卓に出されたのが、魚肉ソーセージです。
見るのも初めてなら食べるのも初めてという時に、
最初は、これはいったいなんだとかなり戸惑ったようですが、
その方は、その魚肉ソーセージを口に入れてみて、思わず、
「世の中にこんなにおいしいものがあるのか!・・・」とたいへん驚き、
感動したお話をお伺いしたときは、私も思わず、
驚きと、そして心動かされました。

 現在立派な地位や名誉もある、今私の目の前に座っているこの方が、
実は、過去にそういうたいへん苦労した時代があったのかと思うと、
感慨深いものがありました。

 今ではほんとうにいい思い出だ、と笑いながらお話されていましたが、
現在の姿があるのは、そういう逆境をばねにがんばってきたのであり、
これは、やはりお母さんや下宿のおじさん、おばさんたちのおかげですと
お話されていた笑顔がたいへん印象的でした。

 その日、その方と離れて、星空見ながら、歩いて帰る途中、
いろいろ考えさせられました。
贅沢な生活に浸ってしまって、何か大切なものを
忘れてしまっているのではないかと痛感しました。
魚肉ソーセージや修学旅行にいけなかった話がお伺いできて、
ほんとうによかったと何度も思いました。
ほんとうにいいお話を聞けたと感謝せずにはいられませんでした。

 おいしく食事するには、高い料金を出せば食べられると
私たちはつい思いがちですが、
高い料金は、高価な食材に手の込んだ調理の対価でもありますが、
場合によっては、数が少ない希少価値のもので高いと言う場合もありますから、
一概に高いからおいしいとは言えません。

 また、おいしさは、料理のおいしさだけで感じるものではなく、
盛り付けなどの見た目、匂い、食器の手触り感、さらには
もっと大切な給仕やサービスに携わる人たちのおもてなしでも
大きく変わります。

 さらに、誰と一緒にたべるのか、
相手が、気心の知れた気のおけない仲間や
素敵な伴侶、恋人だとしたら、おいしさはぐっと増します。

 そして、それでも究極は、やはり空腹感だと思います。
私たちは、今は、おなかがへって食事しているというよりは、
その時間帯が来たから、食事していると言う場合が多いです。
だから、どうしてもカロリーオーバーになり勝ちです。
そういう生活を送っていると、
たまに、3食くらいわけあって飛ばすと、
その後に食べるものが、たとえごはんと味噌汁とお漬物だけであっても、
思わず涙が出るほどそのおいしさに改めて感動します。

 現代は、ものが一時的に溢れている時代です。
一時的とは、これも長い間は続かないということです。
やがては世界的規模で、水不足のたいへんな時代がきます。

 今こそ、少しでも便利さを廃して、不便さを享受する姿勢が
不可欠だと思います。
資源を使い過ぎるということは、
私たちの子孫の資源を食いつぶしていることにもなりかねません。

 腹八分目、昔の人はほんとうにいいことを言っています。
混沌と先行きの不透明な時代に、私たちが本当に
どうしなければならないのかの心構えなどのヒントは、
私たちの過去の先人がすでにアドバイスしてくれているのかもしれません。
学ぶべきは、過去かもしれません。


●さぬき発 与一の矢 その3
~ 眼からうろこの落ちるさぬきの話 ~

○お茶ワールド香川は、伝統の宝庫
 個人的ですが、ほんのここ3、4年でお茶会への出席が
ぐ―んと増えてきました。
また、お茶や茶道のお話、茶道を通じて触れる日本文化など、
ご縁で依頼があって講演会の講師をするなど、
お茶というものが身近な存在になっています。

 作法などまったくといっていいほど知らないそこつものですが、
お茶の世界は、もうそれを超えて魅せるものがあります。

 お茶の祖と言われている村田珠光から数えて
やはり5百年を超える歴史があります。
伝統的にお茶の葉を食べる民族は、日本人くらいでしょうか。

 お茶はもともと中国から、平安末期に禅師の栄西によって持ち込まれ、
薬として伝わってきました。お茶を一服、二服というのはその名残です。
その後、お茶の産地当てゲームとして賭け事に使われたり(闘茶)したため
一時禁止されたこともあります。

 しかし、村田珠光と一休禅師によって、
お茶と禅が見事に融合してからは、
精神性の強いものに生まれ変わり、
また、能、華道、連歌などとともに、
支配者階級などでは作法や教養の一種として広がりました。

 室町になると、本格的な茶室や露地(ろじとよみます。
茶室のお庭という意味で、栗林公園も本来は典型的な茶庭です)も出現、
陶器などの焼き物技術なども進化し、
戦国時代の大名に広がりました。
お茶の強い精神性は、、「一期一会」や
「和敬清寂」(香川県庁舎東館1階の猪熊弦一郎の陶板は、
この精神をテーマとした作品になっています)、現代にも息づいています。

 今の日本では考えられないことですが、戦国時代においては、
明日の命も知れぬ、いつ死んでもおかしくない乱世の時代ですから、
お茶の精神が重宝され、戦の前には家臣との間でもお茶のおもてなしが、
欠かせなかったと言われています。あの信長でさえ、
もし上杉謙信が脳卒中で倒れなかったら、
おそらく戦国最強といわれた上杉軍団に滅ぼされていたと思います。
それほど明日の命が分からない時代です。

(余談ですが、信長のすごさは、妹お市の方の3女お江(ごう)が、
 結局は徳川2代将軍秀忠の正妻となり、3代家光の母親となったことで、
 織田家の血が脈々と徳川家に流れているということです。
 まさに運命の皮肉です。)

 また、戦の殊勲として、名器と言われる茶碗などの茶道具を与えている
事例も数多くあります。

 お茶の世界では、室町後半の村田珠光に始まり、
利休の師匠であり信長に仕えた武野紹鴎、古田織部、
そして綺麗さびの徳川家茶道指南役小堀遠州と続いていきますが、
生駒藩は表千家、そして松平藩は後に言う武者小路千家
(正確には、むしゃこうじせんけと読みます、別名官休庵です)の
千宗守が代々茶道頭を務めています。

 関係者とお話する中で、高松を始めとするこの香川に、
如何に多くの方がお茶をたしなんでいるのかが、よく分かりました。
さすが、官休庵発祥の地です。

 千利休が秀吉から切腹の沙汰を受けて、
千家はお家が断絶状態になり、養子の小庵は京都を離れ、
会津藩に匿われました。当然茶道具はずべて没収。
茶道具の取り戻しは苦難の連続でしたが、
孫の宗旦になって、長年の努力の甲斐もあって茶道具の返還が許され、
後妻の長男宗左が表千家、次男宗室が裏千家、
そして後ほど、先妻の次男が高松藩ゆかりの武者小路千家を興しました。

 江戸時代、高松藩の初代藩主松平頼重は、お茶の周辺工芸も
手厚く保護し、参勤交代の節には、サワラのからすみと
円座(今でこそ名前だけの高松市円座町となっていますが、
ここで生産されていた萱などを使って作られた円座は、
今でも全国の羨望となっています。)を献上し、
将軍も待ちわびていたというほどです。
この円座は、栗林公園の民芸館に展示しています。
その見事な仕上がりにはため息がでるほどで、外国人もよく驚かれています。

 お庭焼きも、わざわざ京都から、
森島作兵衛重利(粟田口作兵衛・紀太理兵衛)を招聘しています。
その作品は仁清焼・古清水焼と並んで鮮やかな美しさが、
まばゆいくらいです。

 今からおよそ260年ほど前の公園の古絵図にも、
北門(これが正門)の北には、窯が描かれていますが、
実はその位置に、現在、紀太理平14代目の当主がお住まいです。
歴史の連続を実感します。

 そのほか、和三盆糖などを使用した和菓子など、
お茶にまつわる話が枚挙に暇がありません。
そう、香川、特に高松市は、お茶の世界では、
聖地にも近い街なのです。

 そして最近は、街全体がお茶一色になる大茶会も復活しています。
お茶を通じて、日本文化にも触れてみませんか!

てくてくさぬきのまちあるきスタート・・・

 丸亀でまちあるきがスタートしました。
これから本格的に、県全域を舞台にまちあるきが始まりますので、
ぜひご参加ください。

 きっと素晴らしい体験ができますし、
目からうろこが落ちる世界を体感できます。
 
 詳細は、下記URLまでアクセスを・・・

 http://www.tekuteku-sanuki.jp/teku_menu/index.html
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(63)香川の県立公園がミシュランの三ツ星に!

 二十四節気では、3月20日が春分でした。
3月24日頃は、七十二候では、
雀始巣(雀が巣を構え始める)の候です。

 栗林公園の発祥の地だとも言われている南西隅の
小普陀(しょうふだ)あたりやお庭のある民家では、
白木蓮(ハクモクレン)の花が咲き揃いました。
まるで白くてかわいい小鳥が木々にとまっているかのように、
清楚な印象の花です。
ほんとうに日本は、四季に恵まれていると感じています。

 それぞれの季節ごとに季節が感じられるものに出会えること、
それは、また1年生きてこられたという自然への感謝、
周りの方への感謝につながります。

 土曜日に生まれて初めて、結構披露宴で媒酌人を
務めさせていただきましたが、
私にとってもたいへん貴重な経験でした。

 「当たり前の生活こそが幸せ」を意識してほしいと、
その当たり前の生活も、実は数多くの見ず知らずの方が
支えてくれているから成り立っているということも
意識してほしいこと。
夫婦お互いに感謝、両親や家族に感謝、隣人や友達に感謝、
そして、当たり前の生活ができるように陰で支えてくれている方にも感謝
忘れてはならないことです・・・

 それが、私から、新郎新婦への餞、励ましの言葉でした。
素晴らしい家庭を築いてくれることと思っています。
若い2人の幸せを祈るばかりです。


栗林公園ミシュラン観光地編で三ツ星に!
 うれしいニュースです。
ふるさと香川の宝もので、日本を代表する大名庭園、
お庭の国宝ともいうべき「栗林公園」が
ミシュラングリーンガイドジャポン(観光版:ギード・ベール)
日本版(フランス語版)で、
見事栄えある三ツ星を獲得しました。

 三ツ星とは、飲食ガイドと同じで、
わざわざ訪れる価値のある観光地ということです。
ミシュランが、
一昨年に初めて発売した日本での観光地の簡易旅行ガイド
「ボワイヤジェ・プラティック・ジャポン」では、
栗林公園は二ツ星でしたが、
今回は再調査の結果、一つ上のランクに昇格しましたので、
うれしさも格別です。

 多くの皆さんがご存知の、
ミシュランのレストランガイド(レッドブック)は、隠密調査ですが、
観光地についてのこのグリーンガイドは、
全国を実際にまわるフランス人の調査員から、ガイド要請がきます。

 フランス人にとっては、日本は異文化の国。
それを理解するためには、やはり現地に精通しているガイドの方から、
詳細な説明を聞く必要があるし、
誤解もあってはならないし、
さらには自分の判断基準が間違っているかどうかのチェックも必要です。

 フランス人ガイドは、昨年の5月中旬に来られました。
今回は、予め、香川では、栗林公園と直島、イサムノグチ庭園美術館は、
指定されていました。
こんぴらさんとか、その他のお勧めの観光地も調査推薦しましたが、
今回は、時間の関係で、瀬戸内海の島ということで本島だけが、
リクエストとして受け入れられました。

 調査員はフランス人でしたが、英語でもガイドはかまわないということで、
フランス語の尾崎香川短大講師と私と国際観光の担当職員3人で
ガイドさせていただきました。
栗林公園そのものは絶対いいのですから、もし二ツ星なら、
私の英語ガイドのまずさでしかその原因はないですから、
プレッシャーも相当なものでしたが、
おかげでほっと一安心です。

 実は昨日の22日日曜日午前中も、
堀江在マレーシア大使夫妻を公園ガイドさせていただきましたが、
ミシュランの三ツ星認定の話をさせていただきますと、
確かにこの公園でのその評価はわかりますと、
フランス勤務のあるご夫妻も十分理解していただきました。

 堀江夫妻は、素晴らしい外交官です。ガイドしていて、
よくわかりました。
気遣いなど、何度も驚かされました。
今回のガイド、いい勉強になりました。
ガイドは教えてあげるものだけでなく、
ほんとうに教えていただけるもの、学ぶものなのですね。
だから、やめられないのです。

 文化財保護法でいう特別名勝とは、
庭園などに与える最高級の評価で、いわゆる国宝に該当します。
ところが、特別名勝だと説明しましても、
だいたいは、「あ、そうですか・・・」で終わってしまいますが、
「実は、この栗林公園は、
ミシュランの三ツ星を与えられています!」というと、
昨日の公園でのチケット売り場でもそうでしたが、
皆さん異口同音に驚かれます。
それなら素晴らしい公園だから、一生懸命見なければと、
皆さん目が輝きます。
それほど違いが如実に現れます。

 外国の評価に弱い日本人特有の特徴が出ていますが、
でも、折角の三ツ星認定、これを活かさないことはありません。
県立の施設で、三ツ星ですから、
県職員がそのよさを再認識して、
一丸となってPRしなければいけないと痛感しています。
むしろ、現状では、民間から、
「三ツ星認定、よかったですね。
 記念イベントは何をするのですか?」などと
多くの声が上がっています。
現在、お金がない中ではありますが、
三ツ星認定をしっかり入園者にPRするところから始めていますし、
記念イベントも現在早急に検討しています。

 それと、三ツ星だけに、
公園もさることながら、職員のおもてなしも試される時でもあります。
三ツ星に負けないくらいのおもてなしをお願いしています。
三ツ星の観光地で働ける喜び、
三ツ星の観光地でガイドできる喜び・・・
おもてなしには、今後も十分注意したいと思います。

 面白い記念イベントなどアイデアがありましたら、
またお知らせください。

ミシュラン・グリーン・ジャポン2009
ミシュラン・グリーンガイドジャポン2009に三ッ星評価に選出された主な観光地
                                 (四国新聞より)

 なお、三ツ星認定の詳細は、下記のURLをご覧ください。

 http://www.michelin.co.jp/media_center/news/corporate/090131.html

 今回の三ツ星は、日本全国で56箇所。
中四国では、栗林公園のほか、道後温泉本館、
広島安芸の宮島、岡山の後楽園、島根県安来市の足立庭園美術館
5箇所となっています。
 特に、足立庭園美術館は戦後の施設で、歴史も浅いですが、
ここでの職員のおもてなしは、超一級です。
栗林公園もこれを超えなければと思っています。

 何が素晴らしいのかですって?
28日からは、高速道路料金も1,000円になります。
ぜひ足立庭園美術館にまで足をお運びください。
目からうろこが落ちるおもてなしです。

●さぬき発 与一の矢 その3
~ 眼からうろこの落ちるさぬきの話 ~

○世界一美しい「世界の宝石」瀬戸内海の夕焼け
 皆さんにお勧めしたいのは、瀬戸内海の夕焼けです。
本当にとってもすばらしくお勧めです。
皆さんは、瀬戸内海の夕焼けなど慣れっこになってしまって、
その美しさについては、あまり意識されていないかも知れませんが、
瀬戸内海の夕焼けは世界一の美しさといっても過言ではありません。

 特に、屋島山上から見る夕焼けは、豪快な夕焼けから、
素晴らしい夜景が連続してみれるという世界でも稀有な存在であり、
夜景評論家の丸々もとおさんも「実にすばらしい」と絶賛し、
かつて読売新聞東京本社夕刊にも大きな写真つきで特集を
組んでくれたことがあります。お話をお伺いしても、
第一級の観光資源と太鼓判を押してくれています。
毎日それを見える香川の人がうらやましいと言われてましたが、
皆さん、そのうらやましさを理解されていますか!

 夕焼けや夜景がいいのは、
単に景色がいいだけの視覚的な効果だけではなく、
それを見ている人間が、自分の人生の中で、
その瞬間にかっこいいヒーローやヒロインを
演じることができる数少ないシチュエーションを
提供してくれるということでとても大切なものとなりえます。
ヒーローやヒロインには、毎日はなれませんが、
それでも人生を賭ける時に、その活用方法如何によっては
大きな味方にもなってくれます。

 また、夕焼けの抜群の美しさだけでも堪能することはできますし、
それに心身ともに癒され、元気も出てきます。
皆さんがお忙しい毎日を送られているのは重々承知していますが、
夕方のわずか30分で結構です、仕事の手を休め、
買い物や子どもを迎えに行く自転車を止め、
あるいは通勤通学の帰宅途中の足を止め、
立ち止まって夕焼けを、30分間じっくりと見てください。
そこには、悠久の自然のドラマが展開されています。
何物にも代えがたい感動がそこにはあります。

 実は、わざわざこのすばらしい瀬戸内海の夕焼けを見るために、
多くの方が、アメリカやフランス、オーストラリアなどの諸外国から、
また東京や京阪神などから、この香川に来られています。
直島ベネッセホテルや屋島のオーべルジュドゥオオイシなど、
なんと1泊3万から5万円のホテルに泊まられて、
瀬戸内海で繰り広げられる華麗な自然のショーを見て
大満足されています。
県民の方は、それがほぼ無料で毎日見れます。
でも実際は、もったいないことに見ていません。
もったいないってこういうときにもいうのですね!
何も、ものを粗末にすることだけがもったいないではありません。
真の価値を活かしていないことも、気づいていないことも
もったいないことなのです。

 わずか30分間の時間さえ作っていただければ
貴重な体験がすぐにできるのにです。
どんなに素晴らしいものでも、気づかないとわからないものが
あります。ましてやそれがあまりに身近にありすぎて、
見ようと思えばいつでも見れるような状況だとなおさら
見ようとしません。そうしていつの間にか肝心の人生が
夕暮れを迎えてしまっているのです。
ぜひとも、1回でも2回でもいいですから、
だまされたと思って、30分間都合つけて、
ゆったりとした時間をお過ごしください。
世界が違って見えるはずです。

 お休みの日には、家族で、友人達で、カップルで、
素敵な人と一緒に素晴らしい夕焼けのひと時をお楽しみください。
シーボルトも、アインシュタインも、そして、
チャップリンも感動した比類なき多島美の瀬戸内海の夕焼け。
新渡戸稲造が世界の宝石と称した瀬戸内海の夕焼けでもあるのです。

 ●お勧めビューポイント
  ①屋島の山上
    夕焼けから夜景が連続で見える世界でも稀有なスポット
  
  ②五色台 
    根来寺から白峰寺に向う途中、急に視野が開け、坂出市や
    瀬戸大橋が一望できるスポット。瀬戸内海に夕日が沈む一瞬、
    紫色の光で空が染まる現象(フラッシュ・バック現象)が、
    日本で唯一、五色台から見ることができるとも言われています。
  
  ③女木島の洞窟展望台、男木島の地魚料理店からのテラス

  ④浦島太郎伝説で有名な荘内半島の紫雲出山頂上休憩所

  ⑤志度大串半島  
    テアトロンから見る瀬戸内海の夕焼けは、小田一正、
    ドリカム、スターダストレビュー、平井堅などに大人気

  ⑥サンポート高松ガラスの赤灯台あたり

  ⑦小豆島   夕陽が丘、四方指

  ⑧直島    ベネッセハウスホテル各部屋から(本館、別館)

  ⑨観音寺市  有明浜や琴弾山、一宮海岸

  ⑩三豊市(旧仁尾町) 大浜海岸

 1860年、瀬戸内海を訪れたシルクロードの命名者である
ドイツ人の地理学者リヒトホーフェンが、その旅行記の中で、
世界的にすばらしい風光明媚な場所として紹介されている
瀬戸内海は、1934年、日本初の国立公園として指定されました。
島々の元気、花で島を飾ろう(女木島の桜、男木島の水仙など)と
県観光協会や熱心な県民の有志を中心にがんばっている
瀬戸内海です。ぜひとも今日にでも瀬戸の大自然の夕焼けを、
心行くまでご堪能ください。

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(62)二十四の瞳その後 !

 二十四節気では、3月20日が春分です。
3月16日頃は、七十二候では、
菜虫化蝶(青虫が羽化して紋白蝶になる)の候です。

 花粉症がひどくなっています。
どうか皆様もお気をつけください。お大事にしてください。

●3月15日は、オリーブの日
 昨年が、オリーブ植栽100周年ということで、
それを記念して、1年前から、小豆島では
オリーブ染物、リース、ハーブ、オリーブ箸、収穫祭など
様々な記念イベントが実施されてきましたが、
3月15日の日曜日、小豆島土庄町で、
閉会式が開催され、出席してきました。

 瀬戸内海の風は少し強かったですが、
この時期にしては暖かく晴れ渡った穏やかな一日でした。

 3月15日は、昭和天皇が、昭和25年3月15日に
小豆島を訪問、オリーブの種を蒔いたことに因む
オリーブき記念日です。

 式は淡々と進められ、
閉会式は終わりではなく、105年周年、110年周年、
そして次の100周年を目指して、がんばりたいとのことでした。
小豆島といえば、オリーブ。
私の知り合いも、果敢にオリーブ栽培にチャレンジしています。
彼の苦労がいつか報われるように、
オリーブのブランド化に貢献できればと思っています。

 オリーブ植栽100周年を記念して、
記念事業実行委員会が、記念誌を発行しました。
 オリーブの品種、採油法から始まって、
この100年の歴史、周辺事業の拡大、
今後のブランド化など、たいへん中身の濃い内容となっており、
帰りの高速艇の中で、夢中で読みました。
 中でも、関係者が綴った「オリーブづくりへの想い」は、
けっして小豆島でオリーブ栽培が成功したのは、
瀬戸内海の気候が、地中海の気候に似通っていただけではないこと、
むしろ小豆島の土壌はやせ衰えていて、
オリーブに適したものではなかったことなどから、
多くの関係者の、小豆島に絶対オリーブを根付かせる
そのひたすらの想いが凝縮されていて、
読み応えがありました。
機会がありましたら、またお読みください。

 閉会式に先立ち、土庄港でオリーブの植樹が行われました。
名作「二十四の瞳」にちなんで、12本のオリーブが植樹されました。
12人の子供たちの名前が刻まれた石を見て、
まずは、平和な日本に感謝しなければと思いました。

 大石先生をおなご先生として慕う12人の子供たちは、
1934年春、彼らの卒業とともに大石先生と別れ、
そして、大石先生も結婚して退職します。
1946年、夫が戦死した大石先生は、再び教壇に立ちます。
そして子供たちと再会しますが、
12人全員は、結局集まってきませんでした。

 集まったのは12人のうち、わずか7人。
男子5人のうち3人は戦死、1人は戦場で負傷し失明、
女子7人のうち、1人は病死、1人は行方不明。

 彼らにも戦争の影が・・・。
平和な日本に感謝しなければいけません。

●さぬき発 与一の矢 その3
~ 眼からうろこの落ちるさぬきの話 ~

○いわゆる「さぬき山」について
 高速道路を車で走ってきても、JRで香川に入ってきても、
最近県外の方が、突然平地からお椀を伏せたように
盛り上がったいる山を見てかなり衝撃をうけているようで、
栗林公園などでガイドしていると必ずその山のことを聞かれます。

 そして、誰が名づけたわけでもないのに、
多くの県外の観光客の方が、それらの山を総称して、
多くの観光客の皆さんが「さぬき山(やま)」と呼んでいます。
日本昔話にでてくようなおむすび型の山にはとっても
癒されるとも言ってくれています。

 この「さぬき山」という響き、実にいいですね。
やさしくあったかいイメージがあって、
私はとても大好きなネーミングで、気に入っています。
どうですか、これからは「さぬき山」といいませんか!

 県民には当たり前のランドスケープとなっている
「おむすび山」も、県外の方には、本当に不思議で
愛らしい形に見えるようです。平地に点在するため池と、
平地からもっこり盛り上がっているおむすび山は、
さぬき独特の風景ですが、癒しとなり、
私たちが気づかない貴重な財産となり始めています。

 特に飯野山を始め*「讃岐7富士」のような里山では、
県外からの里山トレッキングツアーが盛んなのです。

 古事記によれば、四国は、淡路島の次に誕生した土地で、
讃岐のことを「飯依比古」(いいよりひこ)と言っていました。
おいしいお米がとれていたということです。
飯を盛った山ということで、飯野山とよばれている山があります。
そのエピソードのように、讃岐のお米は昔からおいしさには
定評があります。

 江戸時代でも、なんと讃岐米は、庄内米、近江米とともに、
日本3大米といわれるほどおいしかったようです。

 また、平たい平野におむすび山という独特の景観を醸しだす讃岐は、
何かしら霊厳に通ずる神の国を思わせるに十分であり、
坂出に旅した下記の柿本人麻呂は、
’玉藻よし讃岐の国は国柄か見れど飽かぬ神柄かここだ貴き・・・’と
詠っています。

 ところで、このたくさんの「さぬき山」は
どのようにしてできたのでしょうか?
 この「さぬき山」、実は地質学的には、ビュートと言いますが、
要は、火山活動によってできた溶岩台地が、
侵食されてできたものです。
屋島のようにテーブル状になっているものはメサと呼ばれ、
やがて気の遠くなるような歳月を経て、
次第にさぬき山になるのです。
屋島と飯野山とはこういう関係があったのです。
そして、讃岐には、このビュートの山が随分多いのです。
飯野山のようなさぬき山の生い立ちについては、
火山活動後、溶岩台地ができ、長い年月の雨水の侵食によって
硬質部分が残り、軟質部が洗い流され山を成したものです。
そのような大小のビュートが散在し、
さぬきはビュートの宝庫でもあるのです。

 飯野山が、日本新百名山に取り上げられたこともあって、
飯野山のようなさぬき山には、最近県外から、
里山トレッキングバスツアーで大勢の方が訪れて、
美しい瀬戸内海や実り多い讃岐平野やおむすび山ののどかで
落ち着いた眺望を満喫しています。
こういう楽しみ方を知らないのは、
意外と県民の皆さんかもしれません。もったいないことです。

*参考*
 讃岐7富士とは、讃岐富士(飯野山)、東讃富士(白山:しろやま)、
檀紙富士(六ツ目山)、綾上富士(高鉢山:たかはちやま)、
羽床(はゆか)富士(堤山:つつみやま)、
高瀬富士(爺神山:とかみやま)、
有明富士(江甫山:つくもやま)の7つですが、
このうち、爺神山は採石のためわずか40年で山の半分が
失われて富士の美しいシルエットはなくなり、
地元では里山が一つ失われたと落胆している方も大勢います。
現代では、7番目の富士については諸説ありますが、
たとえば、陶小富士である十瓶山(とかめやま)を
代わりに挙げる方もいますが、定説はないようです。


●香川の認知度~いただいたメールから・・・
 リプライメール、いただきました。
興味ある内容なので、送信者の了解を得て、
掲載させていただきます。

 昨日おとといと土日に東京へ遊びに行ってきました。
いつもながらの「おひとりさま」満喫ツアーです。
一人ということで、2日間で話した相手は店の店員さんのみ。
そんな中、香川が熱い注目を浴びているんだなあということを
実感した出来事が2回ありました。

 1回目は、銀座の有名な美容院の若い男性スタッフとの話です。
彼は香川にすごくあこがれを持っていて将来住みたいと思うほど
興味があるとのことでした。
すでに行き先の下調べはできていて、細かいとこまでよく知っていました。
近いうちに香川に旅行するそうです。

 2回目は、表参道の「ニールズヤード」というアロマセラピーサロンの
若い女性スタッフとの話で、彼女も香川が大好きで
去年、インテリアコーディネータの友達と旅行に行き、さらにまた香川が
好きになったとのことでした。
二人に共通していた香川の観光は、「アート」でした。
(もちろんうどんや瀬戸の地魚もはずせないとのことですが)
直島やイサムノグチ庭園美術館が2人とものお気に入りのようでした。

 男性のスタッフと「香川のアートがなぜそんなに興味深いのか?」
ということを探っていたとき、私がたまたま例として話したことは
「東京とか都会にアートがあるのは、普通な気がするが、
たとえば直島みたいに自然しかない島にいきなりアートが出現するのが
ちょっと変わっているかもしれませんね。」と言うと
「その例えはよくわかる気がします。」とのことでした。

 東京の一流のお店で働くおしゃれでセンスのいい若者たちが
「香川に興味がある」というのを聞いて
なんだかうれしくなって
ついメールをしていしまいました。

●情報提供です・・・
平賀源内記念館、オープン!
 3月22日に待望の平賀源内記念館が、オープンします。
平賀源内といえば、個人的には明治維新の思想的先導者とも思っていますが、
その才能の多才ぶりはつとに有名です。
 あるときは、「土用の丑はうなぎ」というキャッチコピーを
産み出したコピーライター、
あるときは、栗林公園の薬草園であった百花園の管理者を務めた
本草学(いまでいう薬学・博物学)者、
あるときは、西洋婦人画を描いた芸術家、
あるときは、エレキテルを再現した科学者など多才です。

 詳しくは、下記のURLへ・・・。
ぜひともお出かけください。

  http://ew.sanuki.ne.jp/gennai/

 また、志度のまちあるきもお楽しみください。

  http://tekuteku.levtex.net/

②ちょっと寄り道こんぴら街道スタート!
 さぬきの中部、中讃の食と名所の魅力を、
まちあるきで魅せる「ちょっと寄り道こんぴら街道」が始まります。
3月21日から7月24日の長丁場ですが、
全21コースを用意していますので、ぜひご参加ください。

 詳しくは、下記のURLへ・・・。

  http://www.konpirakaidou.com/

③折り梅映画会があります!
 現在、「レオニー」の映画撮影の準備に忙しい
松井久子による監督第2作。
実話に基づいたストーリーは、老いと介護という高齢化社会の日本で
誰もが抱える問題をテーマに展開。
多くの共感を呼び、日本全国で観客100万人を超えてなお上映会が
続けられています。

 3月21日 13時30分~
 サンポート高松e―トピア
 無料です。

 当日は、マイレオニー事務局の藤原淳子さんを交えての
「折り梅」上映会とトークイベントが開催されます。

 その時には、6月の「レオニー」の
香川ロケのスケジュールなどの説明もしていただくことになっております。



テーマ : 香川
ジャンル : 地域情報

(61)お勧めは、リセノワール !


 二十四節気では、3月5日が啓蟄でした。
3月9日頃は、七十二候では、
桃始笑(桃の花が咲き始める)の候です。


 いやな花粉症の季節がやってきました。
土曜日には、栗林公園など戸外で活動していましたが、
その夜には覿面、眼は痒く、鼻水はとどまるところを知らず
流れ続け、最悪の状態です。
現在、医師にはかかっていませんが、
やはり病院にいかないとだめなのでしょうか?
いい対処療法がありましたら、教えてください。

栗林公園ボランティアガイドの研修会
 土曜日は、朝から栗林公園ボランティアガイドの研修会がありました。
「香川の観光」の現状と展望、「おもてなし」について
話をさせていただきましたが、皆さん熱心に聴いていただきました。
まったくの新人さんが40数名おられましたが、
皆さん、目が輝き、やる気満々でした。

 ガイドは、相手の立場になって行うので、
観光客一人一人で対応が異なること、
自分の知っていることを一方的に話をしても、時にはうんざりされること、
時には、何もしないのもガイドの達人、
そして何よりも、香川のこれからの観光は、
ガイドの皆さんが主役になる、人と人とのふれあいですなど
お話させていただきました。

 中には、栗林公園のことをもっと知りたいとのことで、
ガイド応募もあるようですが、
がんばってガイドをして、お礼を言われて、胸にジーンとくるものがあって、
それが癖になって、こんな自分でも喜んでいただけていると感激し、
中には、わざわざ自分をガイドに指名して、
公園に再び来てくれる観光客もいたりして、
だからガイドは辞められません。

 ほんとうに、観光ガイドは、
つぼにはまると、その魔性の蜜の味が忘れられずに、
もう抜けられません。
無償だからこそ、得られる心地よさ、人とのネットワークの広がりなど
魅力の輪はあなたを縛っていきます。

●引き続き、土曜日の午後はボランティアガイド
 高松市教育会主催の「かがわの教育の日」協賛
栗林公園歴史ウォッチング」のガイドで、参加者はなんと
40人の予定が、当日公園のボランティアガイドも話を聞きたいとのことで、
合わせて、50人近く。
お昼ごはんを食べる時間もなく、ガイドに突入。

 これほどの大勢の人たちを一度にガイドするのは初めてで、
どうしたら、予定時間の2時間30分で終われるかを考えてみましたが、
いい結論は出ずじまい。

 当日、公園に向かう時までいろいろ考えていましたが、
結局、逆転の発想で、
人数が多くて拡声器などを使用すると、ガイドの話はよく聞こえますが、
静かな雰囲気を期待していた他の方には迷惑ということで、
結局、拡声器を使わないこと、
今日の参加者は公園のことをよく知っている方たちばかりだから、
失礼は承知で、2時間30分ずっとしゃべりっぱなしで、
それも眼からうろこが落ちる話ばかりを用意しています、
近くにいないとその話が聞けませんよと最初に言い、
①紫雲山はありません
②なぜ栗林公園は3名園でないのか
③なぜ栗林公園というのか
④栗林公園の本当の目的は?
⑤本日は特別に眼に見えない公園の話をします
など言ったところ、
これが大成功。

 ほんとうに皆さん、俄然興味を持っていただき、
最後まで、場所の移動も迅速に早くしていただき、
いつも私の近くに寄って来ていただき、
さらに観光振興課の職員が1人、ボランティアで最後を誘導案内板で
誘導してくれたので、スムースにガイドすることができました。

 掬月亭での話は、奥の掬月の間に人が入りきらずに
廊下で抹茶を召し上がっていただき、話も聞いていただくことになって
このときばかりは、我ながらすごい人数の方を
ガイドしていると改めて再認識させられ、
説明がきちんと聞こえているのかたお
不安になったりしました。

 ガイド時間は、熱心な皆さんのリクエストもあって、
予定を超え、結果的には、3時間をゆうに超えてしまいましたが、
いつもの栗林公園が違った公園に見えてきたとか、
眼に見えない歴史や日本文化の話は特に興味深かったとか、
いつも眼に見えているものがガイドにより新鮮さが増してきて、
今まで何を見ていたのだろうかとか、
ほんとうに眼からうろこが落ちましたなどと
お褒めの言葉もいただき、
今後、第2弾、3弾のガイドリクエストと
お礼の拍手もいただきました。
ガイド冥利につきました。

 感謝すべきは、観光振興課からボランティアで参加してくれて、
しっかり全体の移動や進行管理をしてくれた1人の職員のおかげです。
ほんとうにありがたかったです。

●韓国の情報発信基地 韓国のさぬきうどん店「山田家」から
 経営者のペクチョルギュンさんと奥様の明美さんから、
前回のおもてなしについての、
ご丁寧な心のこもったメールをいただきました。
ありがとうございました。

 私は、このような内容のメールをいただくことが
一番元気の素になっています。
 ほんとうに読んでいただくだけで、それだけで感謝ですのに、
リプライメールまでいただき、幸せです。

 以下、いただいたメール文を紹介させていただきます。
(掲載は、了解をいただいています)

 韓国は 今まさに卒業、入学シーズンで
お店にいらっしゃるお客さまの様子も、
花束を抱えたご家族が多くなる季節です。

 「おもてなし」についてのおはなしには、いつもとても考えさせられます。

 「いらっしゃいませ」を言わないという内容には驚きつつも
たしかに店先で少し商品を見ているときに
「いらっしゃいませ」と言われてしまうと、とても負担になります

 そしてよく考えて見ますと 
よく知らないお客様、初めてのお客様がお店に入ってこられると
当然いつも「いらっしゃいませ」とお迎えしますが
よく来られる常連の方々がはいってこられると
私たちも思わず 「こんにちは」「おひさしぶりです」
というような受け答えになって 雰囲気が和みます

 うちのような店は入ってこられる時点で
食べることを決めてこられますから
「いらっしゃいませ」が必修ですが
それでも プラスアルファのひとことが
お客様にもっとなごんで、喜んでいただけるのではないかと思います

 忙しいときはいっぱいいっぱいで仕事をしてしまう場面も多くて
反省させられます。
 また気持ちを新たに、従業員一同、おもてなしの心を忘れずに
一週間出発したいと思います。

 以上です。ほんとうにうれしいメールでした。

 ほんとうに、「山田家」さんのうどんはおいしいです。
韓国ツアーの場合は、ぜひお立ち寄りください。

 住所 韓国 京畿道 城南市 盆唐区 九美洞201
 電話 031-713-5242
    日本からは、韓国国際番号82を押し、そのあと、店の番号の
    0を省略して3から始めてそのまま番号を押してください。

 高松市牟礼町の「山田家」で、4年近く修行して、その間、
香川県内のうどん店を何度もまわって、勉強された方です。
筋金入りのさぬきうどん店です。
ご期待ください。

●古代米「リセノワール
 とってものみやすくおいしいお酒です

 宇多津町の古代米(黒米)を活用した新しい酒を
宇多津町古代米生産組合と勇心酒造が開発、販売を開始が登場!
古代米は、2005年から生産を開始。

 商品名は、「リセノワール」。
(リセは米、ノワールは黒いという仏語)
黒米内の天然色素で、鮮やかなピンク色になるようであり、
私も早速購入して飲みましたが、これが実に美味。
特に冷やして飲むと、冷酒のようでもあり、ワインのようでもあり、
甘みと酸味のバランスがうまく取れていて、
かなりさわやかな味で、アルコール度も7%です。

 また、抗酸化作用が高いとされるポリフェノールを豊富に含んでおり、
価格は、1本1,200円。(500ミリリットル)で、
今年は2万本製造しています。

 ご自身が飲んでもお勧めですし、
贈答品でも喜ばれること、間違いないです。

 販売は、勇心酒造の下記のホームページで。

  http://www.ricepowershop.jp/riceenoir/ 

 絶対お勧めです。ぜひ購入してお飲みください。
間違いないです。


てくてくさぬき ホームページさらに充実
 4月から始まる「09香川まちめぐり てくてくさぬき
のホームページについては、
これまで、暫定的に開催のお知らせを告知していましたが、
3月2日から、正式版を開設いたしました。

 ホームページでは、まち歩きやイベント、観光情報、
香川へのアクセスなど
詳細情報のリンクを行い、
てくてくさぬき」に参加するために必要な情報提供を
一括してできるように配慮しています。

 また、「てくてくさぬき」で作成したパンフレットのダウンロード、
香川に関するコラム連載、実行委員会担当者の裏話を提供するブログなど、
ホームページ独自企画も盛り込んでいます。

 皆さんにも、ぜひ、ご覧いただき、
てくてくさぬき」への参加、お知り合いへのPRを
お願いいたします。
ホームページアドレスは次のとおりです。

 http://www.tekuteku-sanuki.jp/

●さぬき発 与一の矢 その3
~ 眼からうろこの落ちるさぬきの話 ~

○なぜ、香川は「さぬき」と呼ばれている?

 もしかしたら、2度目の掲載かもしれません。
お許しください。

 なぜ、香川は、「さぬき」と呼ばれているのでしょうか?
さぬきうどんが語源? もちろんそうではありません。
諸説ありますが、もともと、香川は昔からたいへん質のいい
「竹」が取れていたことがわかっています。
そして、都で行われていた各種祭事には、
この「竹」がたいへん重宝されていて、
品質のいい竹が何本も必要でした。

 余談になりますが、ちょうさ(長竿)は、現在では、
県西部の観音寺市の立派な太鼓台やちょうさを指しますが、
この当時、ちょうさとは、字の如く長い竿竹であり、
祭事行列などにおいて、長い竿竹を立てらせて使用しており、
一番大切なものでした。
いまでいう太鼓台などは、大切な長い竹竿をサポートするものであり、
それほど重要なものではなかったようです。
昔の古絵図などを見てみますと、その様子がよくわかります。
竹は皆さんが思う以上にたいへん貴重で大切なものでした。

 話が脱線しましたが、陸上交通が現代のように発達していない当時は、
人の交流や物の運搬などは、船を使っており、
その方が至極便利でした。
今でこそ、四国は橋がないと不便なところだとかつては
言われていましたが、昔は海に臨んでいる地域の方が、
船を活用すれば楽に物が輸送でき、だからこそ、瀬戸内海は、
人と物の交流には欠かすことができない存在でした。
いわば、瀬戸内海は、幹線道路(メインストリート)で
輸送の大動脈でした。香川の土地は、その瀬戸内海に臨んでおり、
いわば一等地でした。

 いい竹がたくさんとれ、船を使って、
祭事に使う矛竿(竿竹ののぼり)を調(貢物)として
都まで運搬していました。
だから、この土地は、「竿調国(サオツキノクニ)」と呼ばれていて、
そのサオツキノクニがいつの間にか「さぬき」となったのでした。
三豊市三野町吉津では、この春に宗吉瓦窯跡が史跡公園として
整備され公開されますが、実は、藤原京の中心施設の塀の瓦が、
都から遠く離れた三野町宗吉地域で出土したことから、
宗吉地域で焼かれたものと判明したのでした。
瀬戸内海に臨んでおり、船を使用すれば、
距離的に近くて陸路で運搬するよりも、容易に瓦を運べたことからも、
古代、如何に瀬戸内海が人と物の交流に重要な地域であったかが
よく理解できます。

●情報提供
 ○たかまつ源平の里「光とあかりのファンタジー」
フォトコンテスト作品展&「庵治・牟礼・屋島展」

 高松市役所1Fロビーにおいて、
3月9日(月)から13日(金)まで、
たかまつ源平の里「光とあかりのファンタジー」フォトコンテスト
作品展&「庵治・牟礼・屋島展」が開催されます。

 昨年夏に庵治・牟礼・屋島地区にて開催された、
各夏祭りの夕景・夜景や花火・石あかり等「光とあかり」をテーマに、
30点の力作を展示しております。
また、「源平屋島合戦の地」庵治・牟礼・屋島を多くの市民の方や
来訪者にPRするため、各種ポスターやパンフレット・過去の製作物も
取り揃えて展示しています。

 高松の東玄関となる同地区のさらなる活性化を目指し、
本年度の各夏祭りの紹介もしておりますので、
市役所の近くにお越しになる機会がございましたら、是非
お立ち寄りくださり、ご覧いただくようお願い申し上げます。

テーマ : 香川
ジャンル : 地域情報

(60)常識破りのおもてなしとは !

 二十四節気では、3月5日に啓蟄を迎えますが、
3月2日頃は、七十二候では、
草木萌動(草木が芽吹き始める)の候です。

●常識破るおもてなしとは・・・
 先週は、ホテルや旅館、公共交通機関、観光協会など、
県下の観光関連業者などに集まっていただき、
地域ごとに、「おもてなし研修会」を3回ほど実施しました。

 そこでは、皆さんいろいろ考えられて日々対応しておられ、
頭が下がりました。

 ある方は、先輩から教えられた
「観光客は、ごちそうは食べ厭きている。心のごちそうを提供しないと
いけない」という言葉を、いまだに考え続けてがんばっているという。
また、お客様には、少なくても1回は笑っていただけるように
いつも工夫し続けている方もおられました。

 中に、こういう方がおられました。
「自分の観光施設では、お客様にけっして
「いらっしゃいませ」を言ってはいけない、
「いらっしゃいませ」禁止令を出している」というのです。

 案の上、皆さんからそのわけを知りたいとの意見が出されました。
当然のことです、おもてなしの世界では、「いらっしゃませ」は、
当たり前のあいさつ言葉で、これを使ってはいけないなど
常識を打ち破ること、疑問は当然のこと!

 わけはこういうことでした。その方はこう説明していました。
「いらっしゃいませ」という言葉を発した途端に、
両者の関係は、お店と客の関係に変わって、そこに大きな壁が
立ちはだかると・・・。
 お店を覗くお客様に、「いらっしゃいませ」と言葉をかけると、
なんと8~9割の方が入って来ないようなのです。
 でも、「いらっしゃいませ」ではなく、
笑顔で、「おはようございます!」とか
「こんにちは」で声かけすると、なぜか8割以上の方が
お店に入ってくるというのです。不思議ですね!

 確かに、「いらっしゃいませ」は、その言葉で、
自分がそのお店のお客に強制的にならされて、
何かを購入しなければならないというような心理的な圧迫感が生じ、
買うか買わないかはこれからなのにと尻込みしてしまう心境は
なんとなくわかります。

 反対に、笑顔で、「おはようございます!」とか
「こんにちは」で声かけされると、お客という立場を意識せずに
立ち寄れるということでしょうか!

 「いらっしゃいませ」が当たり前だと思われているおもてなし
まったく反対の考え方もあるということで驚きでしたが、
それはしかしすべての場合に通用することかと言えばそうでもなく
やはりお店の業種やケースバイケースではないかという意見も
多く出されていました。

 究極のおもてなしは、一人一人のお客様に合ったおもてなしですが、
これはできないことではありませんが、なかなか困難です。
でも、お客様のために、いい思いを、気持ちいい心地よさを感じて
いただけるようにがんばっている姿は、やはり誰も悪い気はしません。
相手の立場に立って、どういうことをしてもらえれば感動するのかなど
日々考えながらのおもてなしは、きっとお客様を心地いい気分にさせ、
それがお礼となって返ってきて、結局は、
「情けは人のためならず」のとおり、
自分自身の心地よさにつながってくるのです。

 まずは身近な方に対して、おもてなししてみませんか!
やはりおもてなしは、日々の訓練が必要です。
そういう努力をしている人は見ていてすぐにわかります。

 私のおもてなしの話は、確かにアマチュアで
プロの考えではないかもしれませんが、しかし究極のおもてなしに
プロもアマチュアも無いと思っています。
一生懸命に考えて尽くす気持ちこそが大切だと考えています。

 ただ、勘違いしてほしくないのは、
尽くすと言う言葉から、お客様は神様ということになって、
お客様とお店で主従の関係ができがちですが、
お客様とお店は、おもてなしということを通じて、
居心地のいい空間を作り出すのであって、
決して主従の関係ではないのです。
対等なのです。

 お茶席で、亭主と主客がお互いに努力して雰囲気を盛り上げますが、
それを茶道では、「一座建立(いちざこんりゅう)」と言います。
おもてなしもむしろそういう関係が理想なのかもしれません。

 おもてなしアマチュアの私の話でしたが、
皆さんもまたこの機会におもてなしについて、
考えてみてくださいね。

●さぬき発 与一の矢 その3
~ 眼からうろこの落ちるさぬきの話 ~

 財団法人 香川経済研究所発行の「調査月報」最新刊である
2009年2月号に、私の拙文が掲載されましたので、
また機会がありましたら、ご一読ください。

 すぐには読めない人のために今後何回かに分けて、
さらに加筆修正しました内容をお知らせしますので、
ご一読くだされば幸いです。

○09(まるく)香川まちめぐり「てくてくさぬき
 平成16年から、地域の住民たちが主体となって地域資源を見直し、
磨きあげる「まちづくり型観光」を推進、支援してきました。
その一つの成果として、「むれ源平石あかりロード」や
「観音寺の路地裏味めぐり」など、「まち歩き観光」が
県内で広がりを見せています。

 香川には、多島美を誇る瀬戸内海をはじめ、
やさしい里山、鎮守の杜やため池など、豊かな自然の恵みと、
古くから文化の大動脈であった瀬戸内海に面し、
各地との交流を経て培われた独特の伝統文化が、
私たちの暮らしの中に根付き、受け継がれています。
多くの観光客に触れてもらって感動を与えるものが多く、
まさに県民の宝ものです。

 今年4月から、香川全域を舞台として、
香川ならではの歴史文化、自然、食などを活かした体験や
交流等のメニューとして広くアピールし、
ふるさと香川の素顔を見ていただく「まち歩き」と、
独特の伝統文化などを組み合わせておもてなしする
てくてくさぬき」が開催されます。
まち歩きの魅力は、ツアーガイドの魅力でもありますので、
ご期待ください。きっと素敵なガイドさんたちと出会えます。

 県民の皆さんは、意外と気づいていませんが、
地域で伝統的に継続されて実施されている伝統文化イベントなどにも、
実は大勢の県外観光客がバスツアーなどで訪れており、
根強い人気があるのです。

 高松市香川町のひょうげ祭りや、豊浜や大野原などのちょうさ祭り、
小豆島の中山や肥土山の農村歌舞伎など、
大勢の県外の方がつめかけており、そのような例はたくさんあります。

 ひょうげ祭では、昨年も大型バスを仕立てて、大阪や岡山から
大勢の方が、特に中高年の方が多かったのですが、皆さん、
素晴らしく立派なカメラを首から提げて、
聞けば、写真コンクールがあるので、数年前から写真を写しに
きているというのです。
高松の水の恩人矢延平六の偉業(土木技術の天才と言われた
西嶋八兵衛の弟子で、高松で全国で初めて地下式の上水道施設を
完成させましたが、下級武士からの異例の抜擢だったため、
周囲のねたみも多く、
彼が完成させたため池新池が、それは高松城下町を水攻めにするために
作ったものだとの噂が立ち、阿波に配流されましたが、のち許されて、
讃岐に戻って余生を過ごしました)を称えた祭ですが、
大根で刀を作ったり、裃は米袋で作ったりして、
顔には絵の具を塗りまくっています。
(しかし、顔は農村歌舞伎の専門家が指導して
塗っているらしいということも情報としてははいってきています。)
全国でも指折りの奇祭で、見ていてもユニークで、
いい写真がとれるとうれしそうに話されていました。

 農村歌舞伎、特に小豆島には、最盛期は30近い農村歌舞伎が
存在したと言われていますが、現在は、中山と肥土山の農村歌舞伎のみと
なっています。
 私も、肥土山農村歌舞伎は、昨年雨降る四国村で観覧しましたが、
あまりの素晴らしい迫力ある演技で心が震えるほど感動し、
びしょぬれだった体が、寒さを感じるどころか、
心の底からあったかく感じられたほどでした。
中山の歌舞伎は、周囲の棚田と夕焼け空が見事にマッチして、
演技を守り立てます。
観客の一部には、高松に転勤して生活していた時に、
この農村歌舞伎を見てすっかりはまり、
以後毎年見に来ているという元高松支店長さんらもおられるほど、
高松勤務経験者が大勢観客として来ており、
魅せてくれます。
でも、多くの県民は、この農村歌舞伎すら見たことない人が
大多数を占めています。もったいないことです。

 また、さぬき山で日本昔話に出てくるような
お椀を伏せたような形の山、たとえば飯野山に代表される
讃岐7富士に県外から多くのトレッキングツアー客が訪れています。
テーマパークであるニューレオマワールドの南側の山にも
最近は大勢の方が山歩きを楽しんでいます。
初心者でも比較的容易に登れること、
景色が、多島美の瀬戸内海、讃岐平野とため池のコントラストが
実に素晴らしいことなどもありますが、
何と言っても、飯野山が、新日本百名山に選ばれてから
さぬき山のトレッキングに火がついたと言われています。
新日本百名山は、岩崎元郎(いわさき もとろう)によって、
選定されて山々ですが、その中で飯野山は、422メートルという
2番目に低い山で選定されています。

 このように多くの県外客が、香川にはどんどん
入り込んでいるにも関わらず、
現状は、そのものだけを見てあとは香川をあとにしています。
いわゆる日帰りです。
なんとか工夫して、滞在時間を少しでも長くして1泊以上、
また従来1泊していた方たちには2泊していただけるような
システムを作らなければなりません。
それが結果的には観光客へのおもてなしにも通じるものです。
てくてくさぬき」でその役割を果たしたいと考えています。

 「てくてくさぬき」は、県土全域を舞台にしたものです。
「ワクワク模様とドキドキ模様、巡ってみれば新発見!
09(まるく)香川まちめぐり」のキャッチフレーズどおり
展開しますので、どうかご期待ください。
少しでも長く滞在していただき、
少しでも新たな滞在型の旅行ニーズに合うものが提供できればと、
胸をワクワクさせながら、取り組んでいきたいと思っていますので、
ぜひご期待ください。

 そして、肝心なことは、お金を支払っていただく観光客の皆様から、
「ありがとう・・・」など感謝の言葉を、少しでもいただけるような
おもてなしで観光客の皆様をお迎えできればということです。
そのおもてなしを観光関連事業者だけではなく、
県民にも広げられればと思っています!

 普通は、お金を受け取った観光関連業者の方たちが、
「ありがとうございました!」というのですが、
この場合は、お金を支払っていただく観光客の皆様から、
「ありがとう・・・」など感謝の言葉をいただくことなのです。

 このような思いで、職業に就いた方は、
38歳の時に世界ソムリエ大会で優勝したソムリエ田崎真也さんです。
彼は、若い時に両親が離婚して苦労していた時に、
アルバイトの厨房で、自分自身が調理した得意のチャーハンを
お客様に提供したところ、会計時にそのお客様から、
「とってもおいしかった、ありがとう!」と言われたことに
大感動して、それがソムリエ社会に入るきっかけとなったのです。
世界にチャレンジしている時も、いつもこのことは頭から離れず、
現在もたいへん気にしていることだと述べています。

 まさにこのおもてなしの気持ちの徹底が重要であり
必要不可欠なのです。私の執務机の後ろの壁には、
これを課の今年の目標のひとつにと掲げさせていただきましたが、
ぜひこの運動をできるだけ大勢の方に理解していただき、
多くの方に実践していただければと思っています。
よろしくお願いします。

 おもてなしは、観光客に喜んでいただけて、お礼を言われて、
結局はおもてなしをした方が喜びを感じるという、
まさに自分自身のために行うものであります。
だからこそ、本気になって取り組むと、取り組めば取り組むほど
喜びが増し、長続きするようになります。
ぜひとも大勢の県民の皆さんのおもてなしを期待しています。

 まずは、たとえば街で見かけた歩き遍路さんに、
「ようこそいらっしゃいました。」
「お元気で旅を続けてください。」など、
声かけから始めることを提案します。
きっとお遍路さんは、心あったかくなると思います。
観光客だって同じだと思います。

 「てくてくさぬき」で県外からも大勢の方に来ていただきたいですが、
実は県民の方も意外と香川のよさを知りません。
ふるさと香川の目からうろこが落ちるほどの
宝ものについて、この数回で、少し例を挙げさせていただきますので、
まずは皆さんで納得して、そして県外のお知り合いの方に
教えてあげて、香川にまた来ていただけるような
情報発信をお願いしたいと思います。

 てくてくさぬき 春は「食」です。
じゃらん調査全国都道府県NO1の食、
日経リサーチ「地域ブランド力調査」でさぬきうどんが
全国名産品特産品総合ランキングNO1という
眼からうろこが落ちるような高い評価。
もう香川の食材は、立派なブランドとして
県外の方に認知されています。
 そのおいしいものをたくさん提供します。
楽しみにお待ちください。

テーマ : 香川
ジャンル : 地域情報

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